第17話・まるで小学校のノリをそのまま続けるかのような……

 炭焼き窯はねちょねちょと積み上げられていき、ある程度の高さまでくる頃に火吹彦がやってきた。


「そろそろ出番だろ?」


 あからさまに不機嫌そう。そう見えたのは束の間、笑わないように不機嫌を装っているのだ。


「おう! 頼むぜ!」


 彼は薪を背負ってきた。火口も一緒にだ。父に頼まれて、座って足で棒を固定して擦り始める。


「直火で乾燥させるの? 割れちゃわない?」


 俺はそっちに気が取られてしまい火吹彦を見ている余裕はなかった。


「割れないようにカラムシを混ぜたんだ。大丈夫だ!」


 と、父が教えてくれる。


「そっか! 出来上がるのが楽しみ!」


 もう単純に出来を楽しみにするような心の余裕が生まれる。


「今日は笑うなよ? お前らも泥まみれだからな? お前らが笑ったら、俺もお前らを笑うぞ!」


 きっと彼は知っている。これは遊んだ勲章であり、笑われてなんぼの戦化粧だ。


「アハハハハ! 笑わせるために泥まみれなんだこちとら! それよりおい、口曲がってるぞ!」


 頑張る火吹彦に父はそんな言葉を浴びせる。いや、彼もきっとわかっていて言っている。きっと笑って仕事を終えたいのだろう。


「やめろってんだ! 棒がすっぽ抜けちまう!」


 なんて言いながらさらに口をひん曲げてギコギコを棒を回す。


「火吹おじも髪おったてるか!?」


 なんて、土兄ちゃんは笑わせにかかる。あぁわかった、これは縄文式笑ってはいけないシリーズなのだ。


「覚えてやがれ……」


 なんて恨めしそうに言うけど、祭りの時も楽しく追いかけっこして終わりだった。


「いいか、海星。火吹彦を笑わせる時の決まり事だ。体に触らないこと、力が入ってるから危ない。笑ってもらえなくても、落ち込まないこと! この二つだ!」


 清く正しく笑ってはいけない火吹彦を楽しむ催し、父にルールも教わった。参加しよう。


「うん! じゃあ……父ちゃん、ちょっとこっちきて……!」


 前世、テレビで見た漫才を再現してくれよう。きっと、縄文人を抱腹絶倒の渦に巻き込める……。

 総悪巧みして、父ものってその場を離れた。しかし寿限無だったのである。


―――――――――


 俺と父がネタ合わせを終えニヤニヤしながらもどると、炭焼き窯はゴウゴウと音を立てていた。火が燃え盛っていたのである。


「おーまーえーらー! やってくれたな! やってくれたな!!」


 俺たちを見つけると、火吹彦が一目散に俺らに向かって走ってくる。逃げようにも反応が間に合わず、あっという間に追いつかれてひょいと抱え上げられてしまった。


「おわわ!?」


 運動神経をどこに落としてきたのだ。そう、ネタ合わせが長すぎて火付けが終わってしまったというオチだ。


「捕まえたぞー! こいつめ! かわいいやつめ!」


 もみくちゃにされ、高く掲げられながら火から遠ざかっていく。安全管理が……されている。


「おい、土打! 木猿! うちの子が捕まっちまった!」


 本当にみんな愉快だ、その場その場で何もなくてもあっという間に楽しい遊びを思いついてしまう。

 あぁ、そうだったじゃないか。俺だって子供の頃は、何もなくてもいくらでも遊べた。子供は遊びの達人で、縄文だとみんながそうだ。子供のように素直で、感情豊かでそのくせとっても優しい。


「待ってろ海星! 今助ける!」


 全然危機感は感じていない。ただ……。


「助けて兄ちゃん!」


 ノってみたい気分になったのだ。


「ふははは! お前らも、口をひん曲げてやる!!」


 俺を抱き上げて、口をひん曲げて変な声で火吹彦が言う。


「ちょっとまって、火吹おじちゃん。ひん曲げる感じこれでいい?」


 と、俺も火吹彦が火吹き棒を吹く時の顔を真似した。


「ん? ぶっはははははははは! おまえ……ちょ……アハハハハ!!」


 それがよっど面白い変顔をできていたのだろうか、火吹彦は大爆笑して俺を抱えて尻餅をついた。


「だ、大丈夫!?」


 かばってくれたし、ちょっと痛そうで心配した。


「大丈夫なんだけどよっふぃー! 可愛いなぁおまええええ!!」


 と、火吹彦の腹の上でもみくちゃにされてしまったのである。そういえば幼児だった。幼児の変顔なんて可愛さと、可笑しさで大人が笑いをこらえられないモノになるのを忘れていた。

 子供というのは、最強なのだ。


「アハハハハ! くすぐったい! くすぐったいよ! 火吹おじちゃん!」


 こしょばされている。幼児特権を俺は堪能している。笑い、転げ、遊び、仕事もちょっとしてるけど。


「おい、どんな顔してたんだ!?」


 そんな息子の変顔を、父親が見たがらないわけがない。俺は火吹彦に耳打ちする。


「俺を父ちゃんの目の前に出して……」


 その瞬間に俺が変顔をしてやるつもりなのだ。


「おう……」


 合点が言ったように、返事すると近づく父に火吹彦は続けていった。


「教えてやろう……こうだ!」


 そして、バッチリと父と目が合う。至近距離で……。


「ドウカシラ!?」


 俺は全力のひょっとこ顔をお見舞いした。


「ぶ……わっはハハハハは! おま……ちょ……。待てっ、ゲホッグフフフゲホッ!」


 父は笑いすぎてむせてしまったのである。

 その後、俺と火吹おじさんのこの合体技は土兄ちゃんと木猿兄ちゃんにも披露させことごとく笑い転がしたのである。抱腹絶倒の渦に巻き込むという目的だけは、達成された。大満足だ。

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