第9話・縄文の祭りはあまりに愉快だった
火吹彦、俺は彼がひょっとこの起源でないかと思っている。この村の火は全部彼が起こしているのだ。
祭りにひょっとこのお面。それは、思っていたよりも古い話かも知れない。
口をひん曲げながら、まるでバイオリンでも奏でるかのように弓を動かして棒をくるくると回転させている。これを紐ぎり式発火装置というらしい。曲がってしまう口を見て子供は笑っている。
「まだ笑うな! まだ笑うな!」
釣られて笑いそうになる彼は、自分に言い聞かせながら懸命にやっている。彼以外の誰もできない理由は、子供に釣られて笑ってしまうせいらしい。縄文人、情緒豊かである……。
「だぁーははは! 分かる! 口が曲がっちまうんだ! おう、もうちょっとだぞー!」
なんて、マナおじさんが大笑いしながらも声援を送る。
「だったら、笑うなってんだァ!!!」
なんて、怒鳴って笑いを吹き飛ばす火吹彦。
「ぬはははは! わりぃわりぃ! あんまりに気持ちが分かるもんでぇ……!」
なんて、なんだかんだ楽しそうなのだ。二人ともども……。
そう、彼にしかできない。彼は笑いをこらえる特殊な訓練を受けている。縄文人が笑いやすすぎるというのもあるのだが……。
「火吹おじ! 煙だ!」
なんて上がった煙を見て叫ぶ土兄ちゃん。
「おう! もうすぐだ!!!」
しかし、縄文人は村単位で仲がいい。火起こしですら、村の一大イベントである。
「見えた! 燃えてるぞ!」
その時である、マナおじさんはその発火装置から赤々と燃える粉が落ちたのを見た。
「ふー! ふー!」
落ちる先には火口が用意されていて、落ちた粉に酸素を送って温度をあげる。そういえば、酸素なんて概念はないはずなのにどうして吹けば火が強くなるとわかるのだろう。
原始時代はこんなに面白いのに、どうして1ページしか学べなかったのだろう……。
否、縄文に至っては原始と言っていいかどうか微妙だ。こんなにも文明的なのだ。
「来た!! 来た!! 火が熾きた!!」
毎日火をつけるのにそれで踊りだすほど喜ぶこの姿の嬉しさよ……。
そして、火吹彦は焚き火に火口を置くと、それを筒で吹き付ける。
「ひょっとこ踊りだ!!!」
それがあまりにも、小さな頃に大層笑わせてくれたひょっとこ面のおじさんに似ていてつい叫んでしまった。
「なんだそりゃ!?」
しかし、ここでそのことを話してタイムパラドックスなんて起こらないだろうか……。
マナおじさんとに聞かれてあわあわとしてしまう。
その間にも、火吹彦はあっちから吹付け、こっちから吹付けて、まさにひょっとこブレイクダンスをする。
「おーまーえーらー!」
悩んでいると、火が安定した。だから火吹彦は、焚き火のそばを離れて俺たちの方に走ってくる。まさに、吹き付ける時の動きをしながら。
そうなってしまってはもう、本当にひょっとこ踊りにしか見えない。
「うはははははは!!
この村で子供を叱る時に大きな声を出す大人はいない。効果がないからだ。
大声は祭りの声。愉快な声。だから大きな声を出した日には、子供は笑い出してしまう。
「待たねぇかぁ! 悪い子はいねぇか! 吹き飛ばしちまうぞ!」
なまはげかひょっとこかわかったもんじゃない。
でも、火吹彦は笑っていて、楽しい雰囲気だ。
「よーお! くべよー、そだてーよ! 炎ーよ!」
それはいつの間にか減速していき、喧騒が祭り囃しの歌声へと変わっていく。
決まった歌はいくつか。でも、決まらない歌はいくつも。縄文の音楽は足踏みと手拍子を伴奏に、その時を今を歌うのだ。これを
「吹いてー吹いてー育てた炎よ燃え盛れ!」
歌い手の順は次々と渡されて、歌い手は移っていく。
歌った人は、次の人を指差して、歌を継いでいくのが祭りの始まりだ。
「恵みーの実りを炊く! 育て育てと乞い願う!」
歌もその時その時、上手いも下手も関係ない。なら踊りもそうだ。決まった形なんてなくて、囲って回っていればそれでいい。
「小さな子等と、
なんて、その場で歌っているものだから……。
「おい誰だ今の! うまいこと言う!!」
なんて、ただの感想が飛んできたりする。
「俺!」
勇気を出して一歩踏み出してみれば、なんということか、褒められてしまった。そう、俺が指さされて慌てながら考えた歌詞だった。
「
なんて、土兄ちゃんに言われて。
「「「だぁーははははは!」」」
それを近くで聞いてた人たちで大笑い。
「お前もでっかくなれよー!!」
それは馬鹿にするものなんかじゃなくて、それを俺が歌っているのを心底可愛いと思ったのかもしれない。
俺はマナおじさんに抱き上げられてくるくると回される。
「祭り楽しき見て笑う! いついつまでも続けよこの歌よ! 愉快な祭り歌!」
一際年季の効いた声が聞こえたと思ったら、俺が次を指名し忘れたのだ。だから、代わりに巫女様が歌ってくれた。
日が暮れ始めたら火を熾して、食事をしてちょっと勝負して眠る。なのになんで、こんなに退屈と無縁なのだろうか。
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