第8話・踏み出してみた一歩は、こじれにこじれた

 内緒話は基本的にできないのだけど、内緒話という体裁を整えると聞いても聞かなかったことにしてくれる。日本の性善説ビジネスはそんなところに期限があるのだろうと思っていた。

 そして、それは江戸時代の長屋とかそういう話だと思っていたけど、もっと古かったようだ。


海星わたぼし、なんかスッキリしたか?」


 土兄ちゃんが話したかったのはそのことだったみたいだ。


「うん、かなり。巫女様に話を聞いてもらってさ……。えっと、ごめんじゃなかったらなんて言えばいい?」


 そう、語彙ごいがない。すみません、申し訳ございません、ごめんなさい。そんな言葉なら何度も言ったのに……。


「まぁ、ありがとうかな?」


 そう、そういった謝罪の言葉ばかり言いすぎて、お礼の言葉が俺の中で立場を失っていた。それを一旦否定されて初めて、ありがとうって不安の中で言う。それが普通になってた。


「ありがとう! 土兄ちゃん!」


 なんだか、心のモヤが晴れるようなありがとうを久しぶりに言った気がする。


「おう! あたぼうよ! 家族だろ!」


 なんて、空も晴れ渡るほどの笑顔を土兄ちゃんは見せてくれた。ちょうど快晴で、雲ひとつない日の夕暮れ時のことだった。


「そうだね! うん!」


 そう、家族だ。俺は自分が望むと望まざるとに限らず、ここに生まれた以上そうである。なんなら、俺の方からも仲間に入れて欲しい程。だから、このままがいい。


「しかし、海星わたぼし……。絶対将来菊芽くくめに惚れられるぞ?」


 なんて、ここからが内緒話だった。


「それは……俺が菊芽くくめちゃんのこと男のだって勘違いしたのは、どうか内緒にしてもらえると……」


 そこだ。俺にとっては二歳児という感覚、春秋年のせいで四歳になっているけど、性別なんてわかるわけがない。大体性別がはっきりしてくるのは、少なくとも土兄ちゃんくらいの年からだ。魅力が出てくるのなんてそのあとも後。


「やだね! お前が、菊芽と結婚するなら俺はその席で言ってやる。心配するな、笑い話にしかならねぇよ! 四つの時にわからないなんて当たり前だ!」


 そう菊芽くくめも幼児なら、俺も幼児だ。同い年の男女である。ただし互いに幼くて、色恋は関係ない。

 土兄ちゃんは意地悪で言っているのではない。


「だって、女の子に失礼だったかもだし……」


 俺は、ことごとく冷静さを欠いていた。物語では、その後気まずくなるか頬を張られると相場が決まっている。


「えらく言葉の達者なやつだなぁ……。大丈夫だって、いい思い出になるから! きっと、菊芽くくめは忘れてるぞ? 結婚するときは、今日のことなんて。だから、思い出せるように俺は言いたいんだ。ダメか?」


 なんだかんだ、曲げようとすらしてくれて、本当にいい人ばかりだ。


「それまでは……?」


 答えも決まってるのに。


「黙ってるに決まってるだろ!」


 なんて、期待通りのやり取りができたりもした。


「ありがとう!」

「任せろ!」


 なんて、他愛なくて。どこか素敵で……。


「そうだ、今度菊芽くくめちゃんが粘土やるって言ったら、俺ろくろ回すつもりでさ……」


 ここからはまた内緒にする必要もない話。内緒なのだという格好は解いて話をした。


「いい兄貴っぷりしてるけどさぁ……同い年だぞ?」


 この時代の同い年は年の差が半年以内になる。土兄ちゃんはちょっと苦笑いをしていた。


「でもほら、相手は女の子だし……」


 なんて、紳士なふりをするけどまだ幼児のこの肉体に性欲も何もかもない。前世の記憶が色々とサポートしてくれているだけだ。


「惚れてんのか? 女の子ってわかったとたん?」


 なんて、子供っぽい解釈をされてしまって。でも、そうじゃない。単純に前世分大人なつもりになってしまう俺の、都合のいい言い訳として使わせてもらった。


「そ、そんなことはないぞ! ないんだ!」


 演技、あえて慌てたみたいに……。


「まぁ、そういうことにしておくか……」


 と、土兄ちゃんは少し寂しそうな表情をした。

 嘘が暴かれている気がして、少し怖かった。


「それよりな! もうすぐ収穫の季節だ! 保存用の土器もたくさん必要だぜ! それで、祭りだ!」


 もうすぐ、眠りの年に入る。その時期に収穫祭がある。不安を吹き飛ばすように、そんな話。嘘を飲み込んでくれるような……。


「うん!」


 毎年見てきて、今年は親に抱かれていなくてよくなった。周囲の大人たちはみんな親みたいなもので、危ないことが無いように面倒を見てくれる。だから、歩き回って良いとされているのだ。

 この村に通貨はない。まだまだあるわけないのだ。

 取引なんて概念はないけど、優先くらいはある。その優先順位をぶち壊せるのが祭りの時。


海星わたぼしはなんか欲しいものあるか?」


 あぁ、本当に。本当に、この村の家族たちは……。


「腕輪かなぁ……」


 それには俺も驚いた。縄文人、普通にアクセサリーを身につけるのだ。

 大体は縁日のゲームの古代版。それで、作るのが大変なものも手に入れられたりする。


「取れなかったときは俺がとってやる!」


 こんな俺にもいつだって両手を広げて受け入れる態度を示してくれる。


「土兄ちゃんは? なんか欲しいの?」


 一緒に回ってくれるつもりなのだ。少しでもその気持ちに報いたい。それが一番ありがたい。


「そろそろ俺も、畑に出たい……」


 彼も、農業好きの一家の子だ。

 重ね重ね、俺が学んだ頃の教科書は、事実と異なっている。そもそも、こんな時代をほとんど語らないのはもったいない……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る