第6話・居場所なんてものは、誰かが叫んでくれればそこに出来上がる

「誰も……誰にも追い出されていません! ここに居ます!」


 そう、ここに居ろと。いなきゃ悲しいんだとみんなで俺に向けて叫んでいる。どんなにおかしくたっていい、ここに生まれたそれだけでここにいなきゃいけないって言ってくれる。強制的で、自由なんてない言葉なのにどうしてこんなに気持ちがいいんだろう……。


 気づけば、自分でも涙が溢れていて、なぜかよくわかったような気がした。父と、母と、おじさんと、巫女様に血だけがつながっていないここにいない兄。そのだれもが、俺がいることを望んでくれる。


「それでいい……ッ。ここにいな……ッ。そしたら、あんたの幸せのために力を貸してやれるからッ」


 この村にルールなんてなかった。それなのに、みんなあるときは共同体のために、あるときは自分のために力を尽くす。それが、訳もわからなかったりしたのだ。でも、今ならわかる。この村では、自他の幸福の境界が曖昧なのだ。


 小さな村で、みんなが愛し合っている。だから、隣の誰かの為に力を出せる。ただそれだけのことなのかもしれない。

 ただ、あぁ生まれてきて良かったのだと……。心からホッとした。

 でも、それでも怖くてもう一度確かめる。


「気持ち悪くッ……ないですか? こんな……」


 前世だなんてわけのわからないことを言い出して、それに引きずられて寂しいと泣く俺のことを。


「気持ちわるいわけないよ! あなたの笑顔が見れればなんだっていい! それで幸せなの!」


 母は俺の言葉を遮ってまで、より強く抱きしめて言った。温かくて、こぼれる涙が止まってくれないのだ。


「今は、寄り添わせてくれ!」


 そう、父も言ってくれる。

 あぁ、こんなに泣くのは初めてかも知れない。こんなに幸せなのも初めてかも知れない。

 親は子を愛するもの。それをここまで信じられたのは、初めてかも知れない。

 そうして、ひとしきり泣いて落ち着いたところで、マナおじさんが僕に声をかけた。仕方ないと、少し笑いながら。


「気持ち悪がるわけがないんだ。いいか? 前世があるかないかなんてわかんねぇし、それが妄想なのかどうかもわからない。ただな、その涙を信じられない程冷酷になんてなれないし持って生まれたものは仕方ねぇ!」


 なんて、マナおじさんはまっすぐな瞳で言うのだ。せっかく枯れ果てたと思った涙が、また涙腺を突き破った。


「ありがとうッ! ございます……ッ!」


 なんて、涙が止まらないものだから、泣くなとそろそろ言われると思った。


「おうおう! よく話せたな! 怖かったろ? でもな、その丁寧な言葉は水臭いからやめような? 家族だ!」


 なんて、いうものだからもう止まらない。止められない……。泣きたければいくらでも泣けと胸を開いてくれるように見える。


「うん!」


 そんなことをマナおじさんが言ってくれたのは、両親がまだ泣いていたからだ。俺の過去のまとまりのない話を聞いて、両親はこんなにも同情して泣いてくれるのだ。本当に、この時代の人は感情で生きている。


「そうさ……家族だよ! 愛し合うものって相場が決まってる!」


 ……と、巫女様は満足げに言った。


「嘘だったらどうするの?」


 俺は、この正直すぎる人たちに不安を抱いた。こんなことではすぐ悪意に滅ぼされてしまう気がした。


「そんな、泣いてまでつく嘘を信じてやれないくらいなら、いっそ滅んでいいさ! 少なくとも、家族ならね……」


 巫女様は毅然とそう言い放った。俺は、そんなものは知らない。でも、そんなに信じてくれる人が、いなくなってしまうのが嫌だ。嘘で滅ぼしてしまうのが嫌だし、嘘なんてつかなくても愛情を示してもらえるって思える。嘘をつく必要なんてどこにもなくて、だから嘘を抑制していた。


 信じられなくて、俺は周囲を見る。大人たちは、それに頷いてしまうのだ。涙を流してまでつく家族の嘘のためなら、滅んでもいい。本当にそう思っている。


「私が追い詰めてそんな嘘をつかせちゃったなら、私はその復讐を受け入れるよ……でもそうだったら悲しいなぁ……」


 母はようやく泣き止んで、言った。


「そうさせてしまったのは、俺たちだ……」


 父もだった。

 そして、その話は俺の突拍子もない話が真実である前提で進んでいく。


「あぁ、本当に良かった……。思ったとおりの二人さ……。命懸けで我が子を愛する度量を、受け継いでくれたね?」


 巫女様は、満足そうに笑うのだ。

 本当に、自分が恥ずかしくなる。疑われると思った自分が、村の家族を信用できない自分が……。仕方なかったとしても、恥ずかしい。


「いっぱい愛してくれましたから!」


 それは、環境が醸成じょうせいしたものだった。愛情が飽和ほうわして、目の前の人を愛することは当たり前。そんな中で生きていたら、自分もそうなってしまうのだろう。少なくとも、俺はそうなりたくなっている。


「うん! それじゃあ……粘土でも捏ねて暇をつぶすとしよう! ほれ、ワタ坊もおいで! 二人はどうする?」


 そう言いながら、巫女様は目隠しをとって立ち上がった。


「はい!」


 仕事なのか遊びなのかわからなくて、自分のためなのか他の誰かの為なのかわからない。でも不思議と不公平を感じない。だって、それを享受するのは、きっと俺の事が大好きで、俺だって出会ったら大好きになるか、もう大好きな誰かだ。それなら、誰でもいい。


「私も!」

「俺も!」


 と、両親が続き……。


「おい、俺が最初だったッ……仕方ねぇか……」


 笑いながら最後にマナおじさんが来た。愉快だ、幸せだ、笑いが止まらない。俺は北栗村の海星彦わたぼしひこ。今日から、この大家族の一員を目指すとしよう。

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