第4話・現代人には少し、暑苦しい人たちだった

  粘土遊び……と言われている、粘土の攪拌かくはん作業。もちろん、必要以上に何度も混ぜているから、純粋に遊びの部分もある。それはともかく、晴れの日は外、雨の日は集会用の家の中で行う。今日は晴れ、正直暑い。現代人の感覚からしても残暑が厳しい。よって屋外の、川縁で粘土をこねることになる。

 遊具は乏しい。でもそのおかげで、コミュニケーションという娯楽の万能性に気づいた。


「おぉー! スゲェ……! なんかそれっぽい形だぞ!!」


 と、少し年長の子供。十八歳……と言われているが、この時代は年の数え方が違った。春と秋、両方に一年づつ進んでしまう。だから俺は四歳となっている。


「ありがとう! でも、土兄がろくろ回してくれるから……」


 彼の名前は土打彦つちうちひこ。名前からわかるとおり、農業好き一家の息子だ。

 俺も驚いたのだ、稲が植わっていることに。教科書よ……稲作は弥生時代からではなかったのか……。

 今もう一度歴史や教科書を漁りたい気分はある。でも、無理だから仕方がない。それに現代はトラウマだ。あの幻聴をまた聞くことになったら俺の心は折れるだろう。


「しかしなぁ、ろくろが勝手に回ってくれればいいんだけどなぁ……」


 と、彼が愚痴るのも仕方ない。手で回さないと回らないのだ。串の上にスライスされた丸太がついているだけ。これぞ原始時代。始めてイメージ通りの縄文利器を目にした気分だ。


「だねぇ……」


 いろいろ工夫すれば、足踏みで回転させられるろくろは俺にも作れるのかもしれない。でも、そもそも考えたくない。もし、それで、この村の温かみを壊してしまったらと考えると臆病にならざるを得なかった。


海星わたぼしもかぁ……誰も思いつかないんだよなぁ……」


 なんて、土打彦つちうちひこは笑った。


「ごめんね?」


 なんて俺がいうものだから、ろくろが止まってしまった。


「なぁ海星わたぼし……。お前、悲しいことがあったのか? それとも、お前の父ちゃんと母ちゃんがひどいのか? なんでも言え! 俺が味方になってやる!」


 なんでだろう、なんで誰も彼もが俺に決まってこう言うのだろう……。


「なんで? 俺、辛いことなんてないよ?」


 俺は、これまでに感じたことのないほどの幸せを今感じているのに。


「お前はすぐ謝る。お前はすぐ感謝する! 俺たちにとってはなんでもないことなのに、俺たちの誰も言わないような時にお前は言う! そういう時、決まって寂しい時だ! 寂しくて、嫌われるのが怖い時だ! だから、辛いことはいえ! 寂しかったら俺がいる! 同じ村に生まれた兄だ!」


 どうしても言ってしまう。ありがとうと、ごめんなさいと。言えば言うだけいいのだと思っていた。だけど、それは家族の間でひどく水臭いことを言っているようなものだったのだ。

 あぁ、だからおかしかったのだ。だからみんなに心配されるのだ……。


「ごめんね?」


 だけどつい口をついて出てしまうその言葉。


「まただ! 謝る必要なんてない! 海星わたぼし、お前を愛してる!」


 本当にみんな口々に言うのだ。抱きしめて、これでもかと全力で愛を伝えながら。

 俺はついつい混乱してしまう。疎外感は感じるのに、不安を感じない。これはどうしてなのだろう……。


「う……うん! 俺も、土兄のこと大好きだ」


 とでも言っておけばいいのか……。俺は探り探り、話す。


「あぁ! 何があっても味方だぞ! この村に生まれたんだ、みんな家族なんだ!」


 土打彦つちうちひこの言うとおりだと思う。協力して子供を育てるし、狩りをする。みんなで食卓を囲う祭りに驚かされ、出産の遅れた妊婦のために土偶を割った。全てを全員でやる。村人の死を全員で悼み、一晩中泣き明かす夜を見た。これを家族と言わずなんと言おう。


「うん!」


 わかっている、わかっているのにどうしてなのだろう。赤の他人に育てられている気がして仕方ない。

 心の奥底はこんなにも暖かいのに、どうして頭ばかり冷たいのだろう。


「追加の……おい、どうした!?」


 マナおじさんが粘土をカゴいっぱいに持ってきたとき、土打彦つちうちひこは号泣していた。


「こいつが、こいつが寂しがってんだよ! 俺、どうにかしたくて……」


 寂しがっている、それだけでこんなに泣いてしまうのだ。それほど純粋で繊細な、日本人の祖先だ。なのに泣かせてしまって申し訳ないのに、どうして涙の一つも出ないのだろう。


「そうか、土坊。家族のために泣けるお前が、嬉しいぞ」


 あぁ、どうしてこんなにも優しいのだろう……。


「マナおじ! 海星わたぼしに言ってやってくれ! 海星わたぼしは絶対に一人になれないんだって! 村の全員が海星わたぼしを愛しているんだって!」


 代わりにいくらでも涙を流してくれる兄がいるのに、俺はなんでこんなのをどこかで他人だと思っているんだろう。あぁ、自分が嫌になる。


「ワタ坊、話すぞ! 俺と、巫女様と、お前の父ちゃんと母ちゃんで!」


 マナおじさんは、強い瞳でそう言った。

 巫女様、この村には夫婦の王のが居る。祈り育む巫女様と、定め守る主様の二人だ。二人は本当に仲がよく、そしてこの村は王までもが優しい。

 村人全員で死者のために夜通し泣く。それはその二人も例外ではないのだ。寒い冬には、その王の家で身を寄せ合うことすらあるのだ。ここはそんな村である……。

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