第3話・この時代に俺は水臭すぎた

 兎角とかく、驚くことだらけだ。古代日本なんて未開の蛮族と思っていた。だって、学校の教科書にほとんど書いていない。それがあろう事か、お洒落で、なんならヒゲの手入れまでしたりする。


 確かに石器を使う。石器なんて、叩いて割ってこすって研ぐと思っていた。でも、高品質の石器は違ったのだ。玉……つまり黒曜石を押し剥がして作る小さな刃を木にはめて使う。朝外に出ると、そんな細石刃さいせきじんでヒゲを剃る男たちの姿を見れたりする。


 服なんて、染物だ。信じられるだろうか、少なくとも未開の蛮族には思えない。というのも、とある道具でこの時代がいつなのか分かってしまった。火焔土器に土偶、つまり縄文時代である。


「おぉー! ワタ坊、早いな!」


 ワタ坊は俺のあだ名だ。近所の人にはそう呼ばれる。

 防犯観念などない。そもそも同じ村の人は家族であり、家族を殴るという発想がこの村の人からはすっぽ抜けている。


「マナおじさん! おはようございます! 今日はお仕事は?」


 そんな縄文時代に現代人が生まれたら暇だろうなと、正直侮っていた。


「今日は休みだ休み! 影絵やってやろうか!」


 全くそんなことはなかったのである。目唇彦まなびるひこ、彼のフルネームだ。目がよくて、狩りの警戒係をやっている。また、よく通る声でも有名だ。

 この時代にYoutubeはないけどオヂTubeがある。暗くした集会用の家に村人を集め、彼が狩りの様子を語ってくれる。影絵を壁に映し出し、語る迫力は下手な映画に勝る。

 でも、それでもなのだ。俺は二歳児にしてどハマリ中のことがある。


「粘土やりたいから……ごめんなさい……」


 粘土遊びだ。楽しいのだ。いい大人がと思ったりもした。でも、大人たちが土器にする下準備を子供達が遊びながら終えている。子供がこれをやらないと困るから手をつけてみると、楽しすぎてやめられなくなった。


 何をするかというと、草の繊維や潰した土器をくだいて混ぜ込むのだ。よく混ざっていない粘土が子供の遊び道具だ。遊んで造形しているうちに、よく混ざる。

 たまに子供が土器を作ってしまう。火焔土器の装飾の一部として採用されたりと、やりがいもあるのだ。遊んでいるのか仕事しているのかわかったものではないけど、楽しいから遊びとした。


「ワタ坊は粘土が好きかぁ! なら一緒にやろうじゃねぇか!」


 この村の人は殴るという発想が抜けている以上に、家族の境界もすっぽり抜けている。母以外の女性から、母乳をもらったことも数え切れない。でも何故か母親たちは、自分の産んだ赤子を絶対に間違えないのだ。

 ところで、おじさんおばさんと、近所の人を指していう習慣はきっとこれのせいだ。家族だから、続柄つづきがらで呼んでいるのだ。


「うん!」


 暇じゃない一番の理由は、暇な大人が喜んでわがままを聞いてくれるのだ。というより、大人と子供の遊びが共通していて、大人は遊びのテーマを子供からもらっているような素振りだ。

 ただし、おままごとだけはすごいことになる。少女がおままごとを提案すると、本格的に食事の準備を知らず知らずのうちにやってしまうことになる。楽しそうなのだが、そのせいでみんな料理上手だ。


「よし、ヒゲ終わり!」


 青髭はお洒落とされている。ヒゲを手入れして、毎朝顔を洗うのだから、侮ってごめんなさいご先祖様である。意外に清潔だ。

 そんなわけで、24時間いつでもどこでも乳の出る女性が起きていて、だから母親の育児負担がすこぶる低そうだ。


「うっは! ジョリジョリー!」


 お洒落なヒゲである、マナおじさんはそれを俺に触らせてくるのだ。黒曜石はすぐ砕けてしまって、武器としてはいくつか作るけど、いざという時の一撃用だ。ほとんどは、身だしなみ用だ。体毛処理か、宝飾品である。


「だろぉ?」


 そう、このジョリジョリヒゲがおしゃれなのだ。最初はよくわからなかったけど、最近はよくわかる。


「マナおじさん! 付き合ってくれてありがとうございます!」


 言葉も達者になってきた、だからしっかり感謝を伝えるのだが、そうするとマナおじさんの目は何故か潤む。


「ワタ坊、お前……。どうしたんだ? 今の家が嫌なら、俺がお前の親父になってやるぞ?」


 この時代の人、心配性である……。


「え、だって……。粘土遊びに付き合ってくれるって……」


 戸惑ってしかるべきだった。こうなってまだ二年、正直俺の性格はこちらの子供らしくない。


「ワタ坊のおかげで、俺は今日なにして遊ぶか決まったんだぞ?」


 なんて、泣きそうな声で言うのだ。

 俺はこの時代の家族の絆の深さに慣れていないのだ。あまりに深すぎるのだ。


「マナおじ……さん?」


 気が付くと、また抱きしめられていた。よその子なんて関係ない、このマナおじさんにも何度もお尻を洗ってもらった。

 だから、マナおじさんは……第二の父のような存在だ。否、この村の男性たちは皆父のような存在だけど……。


「なんも、心配いらねぇ。お前はずっとここに居ろ! 俺ら、味方だ! 愛してっからな!」


 そう、こんなことでも心配されて抱きしめられてしまう。近所のおじさんに、なのだ……。

 なんだろう、全てが空振りしてしまうようで。でも、その空振りが嬉しい……。そんな、わけのわからない感情だ。


「な!? なに!?」


 ただ、本当にわからなくて。何を空振りしているのだろう。

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