第34話:拠点防衛(ナタリス視点)
ここはエクレイド王国にある、通称「学術都市」の有名なホテル。国内外でも最大級の規模を誇る王立高等学院への入学試験を受けるため、受験者はここに宿泊していた。
そして当日の朝――豪華な朝食の時間も終わりに差し掛かった頃。突如として現れたスロングス帝国の執行官リオネ・ヘスペリデスによってホテルは占拠され、意味深な事を言い残し魔物が放たれた。
そしてそれらの討伐後、我々受験生らはいくつかのグループに別れて行動することになった。
「よ、よろしくね……シャフィちゃん?」
「よろしくお願いします、ナタリス様」
目の前で可愛くお辞儀をする――私がシャフィと呼んだ――少女。白い髪は背中の半ばまで伸びており艶がある。きっと触ったらサラサラなのだろうな、などと思いつつ辺りを見渡してみる。
ここには数十人の貴族の子女と、その従者がいる。平民の試験はまだ先であるため平民はいないので、ある程度の教養と戦闘能力を持っているはずだ。
「その、シャフィちゃんはどのくらい戦えるの?」
目つきも悪く、冷たい態度になりがちだとよく他人に評価される私だが、なんとか怖がらせないようにと精一杯優しい口調で問いかける。
それが功を奏したのか、はたまた最初から怖がっていないのか。シャフィは淡々とした語り口で言葉を紡いだ。
「私はある程度戦えます。少なくともナタリス様よりかは強いと思います」
「ど、どうしてそれが分かるのかしら?」
別に私は傲慢なわけではない。自分の実力を見極める力はある。しかしその発言は無視出来なかった。私にも貴族としてのプライドがある。理由を聞かずにはいられなかった。
「……失礼、気分を害されましたか。申し訳ございませんでした」
彼女はそういって軽く頭を下げ、目を伏せた。
だがそれは
「いや、そういう訳じゃないの。本当にどうしてそう思ったのか聞きたいだけで……」
「そうでしたか。ですがそれは……感覚、としか言いようがないものなのです。きっと説明しても理解されず、受け入れられないでしょう」
「それなら仕方ないわね。私も無理強いはしないわ」
「ありがとうございます」
まるで他人行儀な会話が終わり、再び訪れた沈黙。気分を悪くするようなものではないとはいえ、やはり気まずさが心に渦巻く。
なんとかそれを紛らわそうと、辺りにいる皆が小さな声で喋っているのを聞いてみようとするが、遠くて途切れ途切れにしか聞こえない。潔く諦めよう。
……シャフィ・ジスティア。本当に不思議な少女だわ。私は少し身長が高いけど、それを抜きにしても小柄なように見える。なのに年齢のわりにはとても頭もいいし、礼儀もなっている。おまけに強さもあるのだという。本人曰く私よりも。
この学院には年齢制限があるわけではない。極論、赤子が入学することも可能ということ。しかし入学試験――今回はかなり様子が違うけれど――の難しさから、やはり十五歳ほどにならなければ試験の突破は出来ないと言われている。それを考えれば十二歳での受験はかなり危ういように感じる。
私はジスティア家の当主夫妻には会ったことがあるが、その時に抱いた感想は、優しさと厳しさを使い分ける、正義を体現したような人だというものだった。少なくとも子を過大評価するような人ではないだろう。
「ん、ナタリス様。魔物がやってきたようです」
「……本当ね。総員、戦闘用意!」
シャフィの声で現実に引き戻された私は、脳内の考えを振り払い大きな声を出して指示を出す。
少し魔力を探知すれば、魔物のものと思われる魔力が無数に反応した。数で言えば……
「総数三十ですか。あまり強い魔物もいないようですし、私とナタリス様だけでもどうにかなっちゃいそうですよ」
「探索班がいつ帰ってくるのかも分からない。我々が消耗してしまっては百害あって一利なし。負担は分散するべきだと思いますわ」
「確かにそうですね。では私も魔力を使いすぎないようにします」
意見をまとめたことで互いに頷き、魔物が迫ってくる方向を見て今か今かと待ち構える。
「ギギギ……!」
またもや壁を突き破って――先程のゴブリンとはまた別の方向だ――現れたのは、石で出来た巨人、ゴーレムだった。
明らかに人の言葉ではないナニカを発し、ゆっくりと歩きながらこちらを威嚇するように見下ろしている。それも三十体全部だ。
「ゴーレムか。あまり好きじゃないのよね……固くて攻撃が効きづらいから」
「剣術は使われないのですか? オーディア流剣術は攻めの型だと聞きますが」
「そんな事よく知ってるわね。まったく、さすがとしか言いようがないわ」
浅く息を吐き、感嘆している様子を見せる。
いやはや、剣を携帯していないことから魔術師だとは思っていたけれど、他家の剣術のことまで知っているのは驚いた。本当に十二歳なのかすら疑わしくなってくるわね。
「でも私、あまり剣術は好きじゃないのよ。できることなら魔術で片をつけてしまいたいのだけれどね」
「では私におまかせください。ナタリス様は、その……言い方は悪いですが囮になっていただければと」
この子は私を何回驚かせれば気が済むのだろう。まぁ、今回は少し意味が変わってくるが。
立場を笠に着るつもりはないけれど、私は公爵家の娘。大抵の人は何かを命令するどころかお願いすることも難しい立場なはず。同じ公爵家の娘という括りとはいえ、こんな事を言われるとは思ってもなかった。
「私が囮になればゴーレムを素早く仕留められるのかしら?」
「もちろんです。約束致します」
「はぁ……分かったわ。一体につき一分くらいでお願いよ」
剣術が好きじゃない、そう言ってごまかしたが、実際のところはあまり運動が出来ないからなのだ。戦い方が野蛮だと感じてしまう部分もあるが、結局は体力のなさに起因するもの。
囮だなんて一番向いていないはずなのに。
「頑張るしかないわね。……よしっ!
覚悟を決め、走ることが出来る体勢をとりながら魔術を放つ。
「ガガッ!?」
狙いは正確だった。魔術が衝突すると、爆音と共に爆ぜた。煙によってゴーレムが見えなくなってしまう。
しかし確信があった。「間違いなく倒せていない」と。
「やっぱりダメね。……ほんと、威力が足りないのかしら」
そこには、さきほどと全く変わらぬ姿の――よく見れば少しだけ傷がついているが、そんなの些事でしかない――ゴーレムがいた。その目も変わっていないはずなのに、どうしてか怒っているように見える。
「もう一発いくしか――」
「ギッ――!?」
魔術を放とうとしたその刹那、赤い光が見えたと思ったらゴーレムが崩れ落ちていた。
何が起きたかよく分からず、辺りを見回してしまう。
「ナタリス様。ご安心ください。私が倒しました」
声が聞こえてきた場所は背後。
驚きと動揺をなんとか隠しつつ振り返る。
「驚いていますね。気にしないでください。これから二十九回行うことですから」
「そ、そうなのね……分かったわ」
言葉は悪いが、これはもはやヤケクソであった。考えることを放棄し、ただ指示をこなすことに専念する。これ以上考えてもあの光――恐らく魔術だ――の正体など分かるはずもない。一目見て分からなければもうそれは知らないか原理が不明なものだ。
「これならもう上級魔術を使う必要もなさそうね。
中級に切り替え、また一体のゴーレムに狙いをすます。そして命中。赤い光が当たって崩れ落ちる。
二回目以降はさすがに驚くこともせず、作業をしているような感覚に次第に陥って数十分。気づけば辺りはゴーレムの残骸が転がっていた。
「やっぱり私たちだけで十分でしたね。警戒してもらって損だったのかもしれません」
「そ、そうね……。うん」
あぁ、神はなんて子を生み出してしまったのだろう。私は怖くなってきてしまった。
まるで機械のように淡々と敵を倒していく姿が。感情がどこか欠落しているように見えるその心が。
シャフィ・ジスティア。その名は絶対に忘れない。
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