第35話:不意の失態

「や、やりましたっ!」

「さすがヴァトリクスちゃん!」

「まるで闇魔術の専門家ね。強かったわよ」

「くぅ~! あたしもこんな風にかっこよく戦えたらなぁ!」


 皆が彼女の勝利を祝福している。俺も内心拍手したいような気分だった。きっと相手が普通の魔物だろうと、ほとんど動かず完封してしまえたと想像することは難しくない。

 他のものに使う余白を全て一つのものに費やせば、当然強くなる。魔力量も申し分ないし、これからも鍛錬を積めば、俺のように、いや俺を超す闇魔術師にさえなれるはずだ。 


「さて、さっさと次へ行こう。ここからはラナトルも戦っていいぞ」

「本当! やっとかぁ、待ってたよ!」


 嬉しそうに飛び跳ねるラナトル。その姿は……うむ、重力をとても感じる。成長の証だね。


 そんな事を思いつつ歩いていると、突然爆音が聞こえてきた。それに伴い振動も。そこまで大きなものではないとはいえ、何があったのかと考えてしまうのは仕方ないだろう。


「こ、これ何!?」

「地震……にしては何かおかしいわね」

「原因は遠いですし、ここにまで被害が及ぶことはないと思いますが」

「そうだね、あたしも同意見」


 口々に思ったことを述べている少女たち。

 彼女たちは頭を捻っているが、俺は既にその原因に気づいていた。


「場所はナタリスたちのところだね。うんうん、奮闘しているようで何よりだ。これなら俺たちも助けに行かなくても問題なさそうだ」

「どうしてそれが分かるの?」

「あぁ。簡単だよ。君たちも出来るでしょ? 魔力探知」


 魔力探知――これは多重詠唱マルチキャストと同じく、魔術体系において「技術」に分類されるものだ。

 歴史せってい上では、かつて魔力探知という魔術が存在していたのだが、術式の改良や研究が進められた結果、魔術としてわざわざ使わずとも意識すれば行使することが出来るようになったのだという。


 まぁ、意識すればと書いてホイールクリックとも読むんだけどね。


「ここって何階だったっけ?」

「だいたい十数階だったわね」

「いやいやいや! 私そんな遠いところの魔力探知は無理だよ!?」

「私もそうだわ。一階にある会場をここから探知って……」

「ここが五階とかなら私でも出来ます。けど……」


 異口同音に無理だと騒ぎ立てている。ヴァトリクスも困惑した顔をしていた。そういやそうだったな。


 魔力探知は、その人の持つ魔力量が大いに関係してくる。感覚としては魔力を薄く広げるようなものなので、もちろん魔力を安定して制御する技量も必要だ。だがやはり、魔力が多ければ広い範囲にまで拡大できる。

 もし魔力だけあって制御技能がない場合、ただ魔物に敵がいると気づかれて逃げられるか攻撃しに来るかのどっちかだろう。その上範囲内の事は何もわからないのだから損でしか無い。

 

 つまるところ、どちらかが足りなくてもダメであり、どちらもあれば広範囲に出来るということだ。


「あー、とにかくだな。大丈夫だからそう気にしないでくれ――」


 俺がそう言った刹那、全方位から強い魔力を感じた。

 魔力探知を発動しっぱなしだったため、一瞬脳が膨大な情報量に混乱して視界がぼやける。


「くそっ……何が起こってるっ!?」


 必死に辺りを見回すも、もはや壁と床の色しか見えず、まるで世界が二色になったかのような感覚に陥ってしまった。


 さきほどまでそこにいた彼女たちの姿すら見えず、声もしない。それによりさらにパニックになり、恐怖に支配される。

 

 次第に平衡感覚すら失い、床のようなものに手をついて肩で息をする。


「く、四重詠唱クアドラキャスト回復リカバリリール……」


 なんとか意識を保ちつつ、震える口で詠唱の言葉を紡ぐ――この一瞬に生命力を集中させるつもりで。その先のことを考えないくらいに。


「はぁ……なんとか……回復したぁ……!!」


 回復リカバリリールは生命力を活性化させるものであるため、人間本来の免疫などを一時的に強化するに等しい。

 そのため魔力酔いとも形容すべき状態から、すぐに脱却できたのだ。


「さてと、じゃあ行くぞ――」


 その声は、虚しく廊下に響くだけだった。


「あれ、皆は……?」


 そこには誰もいない。ただ床と壁と天井と、外からの光があるのみだった。


「ちっ……彼女たちのイタズラとも思えんし、恐らく魔物か執行官によるものだろう。……よくもやってくれたな?」


 考えているうちにだんだん腹が立ってきた。俺にこんな事をして何がしたいのだろうか。

 

 からかっている? 目的がある? それとも遊んでいるだけ?


 なんにせよ、救出が第一目標になることに変わりはない。


「もういい。やるからには本気でやってやる。探索も何もかもおわらせてやる!」


 腹の底から叫び、空気を全て吐きだす。そして幾度かの深呼吸。


「魔力探知は……もちろん最大限。そして魔力強化マナブースト


 魔力は普段、一度に放出出来る量を制限してしまっている。しかしこの魔術を使うことでそれを少し開放し、より強力な魔術が使えるようになるのだ。

 これはさっきリクも使っていたな。負担も大きいからリクの本気度を理解することが出来る。


高速飛行オーバーフライ


 唱えた途端、身体が宙にふわっと浮かび上がった。


「――見つけた。そこか!」


 彼女たちと思われる魔力を補足し、そこへ向かって一気に翔ける。廊下の角ではかなり減速しなければならないが、それ以外の場所では――特に一直線の場所は――窓が動いて見えなくなるくらいの速度だと思う。


 時々俺の小隊や他の小隊の人らしき人影が見えるが、ぶつからないようにしているため尚更分からない。ただ反応はしているみたいで、驚いたような声が聞こえてきたりする。ごめんね。


「この部屋の中かっ!」


 そしてたどり着いたのはとある扉の前。壊すのもなんだかな、と思いつつも焦る気持ちはあるので勢いよく扉を開ける。


「おーい! ラナトル~! レギーナ! フィリア! リク!」


 その部屋は真っ暗で、陽の光すら入っては来なかった。そのため魔術で光源を作り出し部屋を照らす。


「ニュニュニュ……」

「外れか。でもこいつも元凶の一つだな。死ね。即死デス


 奇妙なうめき声のような音を上げる軟体動物みたいなものがいた。まるでカラフルなクラゲだ。

 ただ彼女たちの魔力がそこからしていることは間違いない。だからと言って無関係なわけがない。だから殺した。


「――ッ! 見つけたあっ!」


 このカラフルなクラゲを殺したとき、一瞬だが魔力の歪みを感じた。この場所から違う場所へと魔力が移動したようなものだった。

 それを探知すると、今度こそ本物がいることに気がついた。


「待ってろクソ野郎共。その首を取ってやるよ!」


 俺の顔を見た者は口を揃えて言うだろう。


 ――まるで魔王のようだ、と。

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