第33話:暗闇の紫雫
「それは私が十歳になって少し経ったときの話です――」
そう話を始めた彼女の顔色は、既に暗く
「立派な令嬢になったと、世間に公表するお披露目会を慣習通り開くことになりました。そこで魔術の試演をするとき、ある違和感が私を襲ったのです。その正体は……なぜか、魔術が発動しないというものでした」
彼女がなにかを呟くと、魔力が手のひらへと集まる。しかしすぐに雲散霧消してしまった。おそらく闇魔術以外を使おうとしたのだろう。
小さく「はぁ……」とため息を吐き、話を続ける。
「私は慌てました。焦りました。いろんな種類の魔術を試しました。しかし、結局どれも発動することはありませんでした。そして翌日、悲しみに暮れた私は家をこっそりと抜け出し、近くの森に行きました。今思えば、血迷っていたとしか思えませんけどね」
当時の自分に向けたものなのか、乾いた笑いを漏らし、痛みに歪んだような表情に変わった。
「森に行けば魔物がいます。私は当然襲われました。だけれど魔術は発動しません。死を覚悟したその時、私は咄嗟に魔術を使っていました。それは闇魔術でした」
そう語る彼女の手には、妖しげな色の炎が揺らめいていた。
「その後の事は覚えていません。どうやら気を失ってしまったようなのです。家族にはとても心配されました。それに捜索隊も出されていたようで、とても大事になっていたのです。もちろんすぐに噂は広がります。そうしてつけられた名が、『暗闇の
「それ、私知ってる! でもその肝心である本人の名前を知らなかったの! 暗闇の
「で、出来ればあまりその名を呼ばないでいただけると――」
「あっごめん! でも私はかっこいいと思うけどな?」
「そ、そうですか……?」
健気な笑顔で可愛くコテン、と首を傾げるレギーナを前に、リクは困惑したような顔でうつむいた。少し照れているようにも見える。
「……すみません、そんな事言われたの始めてで」
「そうなの!? ねぇ、フィリアちゃんはどう思う?」
「私もかっこいいと思うわ。おしゃれで素敵よ。私は知っていたけど、脳内のイメージとあまり変わらなくてびっくりしたわね」
「あたしも! あたしなんて男爵家だし知名度もないからなぁ……」
「うぅ、でも恥ずかしいです……だけどやっぱり好きになれないです。雫には落ちこぼれって意味が重ねられているらしくて……二つ下の妹は私なんかよりよっぽど実力もあって可愛くって……」
再び暗い雰囲気をまとい、落ち込んでしまうリク。
闇魔術には悪いイメージを持つ人もいるわけだし、闇魔術しか使えないとそのイメージがうつってリクのことも悪い印象で見てしまうのだろう。差別とはそういった形で生まれるものだから、ただ酷いと糾弾できるわけでもない。だが攻撃の意志を持ってその言葉を言うのはよくない。
「なのに私は色んな人に影で『あいつは呪われている』とか、『森で魔女に食われて入れ替わった』とか、酷いことも言われて……」
「リク。君には君だけの長所を持ってる。その妹さんも闇魔術は使えないんだろう? ただでさえ強力な闇魔術を人一倍極めることが出来るリクは絶対に強くなれる――いや強い。そう考えればいいさ。弱い奴に文句を言われたって無視すれば良い。伯爵家だから権力もないわけじゃない。そうだろ?」
「確かにそうかも、です。妹は確かに闇魔術を使えません。人一倍強くなれるよう頑張ってます!」
彼女が一際大きな声で言った刹那、曲がり角から魔物が現れた。
それはどこか神聖さを感じさせる浮遊する灰色の鎧だった。
「な、なにこの……鎧?」
「私も見たこと無いわ……魔物なのかしら」
「私も知らないです……」
「これは
白い薄霧を出し、両腕は独立して浮遊し、右手には少しボロボロな片手剣を持ってこちらの様子を伺っているようだ。首から上はない――というか胴体も足もない――のに、睨まれているような感覚を覚えた。
こいつはただ闇以外の属性が効きづらいだけの鎧だ。もちろん鎧だから物理も効きづらいが、それなりにダメージを与えることは可能だ。
「リク。この場では君しか闇魔術は使えない。――いけるか?」
「が、頑張ります!」
もしリクが危なくなったらこっそりと助けるつもりだ。
しかしここは任せることにする。期待に応えた、という成功体験が彼女の自信にもつながるだろう。実力もより詳しく知りたいしな。
「ふぅ……まずは小手調べ。
腕を薙ぐと、そこから放たれた闇色の刃。
「――ッ」
「これ、効いてるのか……? あたしには全然わかんないだけど」
「ラナトルちゃん、安心して。私もわかんない」
「右に同じく」
「まぁ、ちょっとは効いてるはず……だぞ?」
「貴方が分からなかったら誰もわかりませんよ!」
正論を言われてしまった。うぐぐ。
ゲームではHPバーがあったから攻撃が入ってれば分かったし、無効だったら「無効」と出る。だがこれは現実。ステータスも見れないし、もちろんダメージ表記もない。
あくまでゲームの世界であってもゲーム的な要素はない。残念だが。……ゲーム世界なら好感度とか見れたら良かったのに。
「まだまだ!
怪しい色の雨が横向きに、
バンッ、という音と共に左腕部分が破壊された。
「――!」
声にもならない声を出している。それは心なしか悲鳴のようにも聞こえた。
「いけるぞ! そこからは剣で襲ってくる、気をつけて!」
「はっ、はい!」
すると、
「
かなりの速度で襲いかかる剣を、間一髪のところで盾が防いた。すると苛立ったような様子で何回も打ち付けている。壊せると考えたのだろうか。
「少し退いてもう一回防御、そして反撃だ!」
「はいっ!
大きく後ろに跳躍し、着地したタイミングで盾がパリンと壊れた。それと同時に再度盾を生成し、その隙を狙って矢が飛んでいく。
「――ッ!?」
完全に不意を突かれたのだろう、突然のことにかなり驚いたように見えた。そしてその胴体に矢が突き刺さると――
「鎧が……落ちた」
霧は消え失せ、浮いていた鎧も力を失ったようにその場に落ちて動かなくなってしまった。
「おめでとう。リクの勝利だ!」
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