第29話:反撃

  ゴブリン、か。意外にも倒す機会があまりなかったような気がする。

 倒した事はあるが、他の魔物を倒した回数の方が多い感覚だ。


「慌てるな! 決してゴブリンは強い相手ではない。油断こそしてはならないが、冷静に戦えば勝てるはずだ! 誇り高き我らエクレイド王国の強さを魔物どもに見せつけるがいい!」

「うおおお!!!」

「やってやるぜ!!!」


 王子の鼓舞によって熱く燃え上がる男たち。多くの者は己の剣を掲げ、ある者らは槍を掲げている。


火玉ファイアボール!」

水玉ウォーターボール!」

風玉ウィンドボール!」

岩玉ロックボール!」


 何十人もの人々が、それぞれのタイミングで魔術を放つ。あまりに人が多いため、もはや飽和攻撃とも言えるかも知れない。


「剣士は俺に続け! 魔術師は支援を頼む! 自分で出来るやつは自分でやれ!」

「おう!」

「いくぜえええ!」

「コブリン如きぃ!」


 恐らく魔術があまり得意でないか、性に合わない者たちだろう。そういった人々は剣で戦うことを選んだようだ。従者たちが支援魔術をかけたり、なんなら自分も参加したりして共に戦おうとしている。


「エディ様、応戦なさらないのですか?」


 問いかけてきたのはセラだった。とても合理的な質問だと思う。この場で何もしていないのは数名しかいないのだから。


「あぁ。危なくなったらもちろん援護するが……今のところ戦線も崩れていないし大丈夫だろう」

「今すぐに入って敵を蹴散らすのはダメなのでしょうか」

「ま、それもアリなんだけどね。でもなんか……違和感を覚えるんだ。ここで俺が目立つのは良くないと直感が告げている。そう――実戦試験な気がしてならないんだ」

「なるほど。ここで手柄を横取りするのも良いように思えないという訳ですね?」

「その通りだ」


 さすがセラ、頭の回転が早い。それに俺の人生はセラと共にあったようなものだ。少し話せば理解してくれる。


「くっ、大丈夫か!」

「ごめん、もう、むりっ……!」


 その声は一際大きく聞こえた。二人は幼馴染といったところか。男が一匹を捌ききれず、戦闘のリズムが維持できなくなったのだろう。

 俺はすぐに助けに向かう。


岩石柱アースピラー!」


 今にもその棍棒で殴りかかろうとするゴブリンを、岩の柱の中に封じ込める。きっと窒息死か圧迫死していることだろう。


「あ、ありがとうございます!」

「礼はいい。立てるか?」

「たてっ……ない、です」


 頑張って足を動かそうとするも、腰が抜けてしまったのかブルブル震えるだけで真っ直ぐにならない。


「そこの剣士、この子を守ってやってくれ。俺が代わる」

「……そうか、分かった。頑張ってくれ!」

「素直でよろしい。セラ、この子を治療してあげてくれ!」

「承知いたしました」


 セラはある程度光魔術――通称「回復魔術」を使うことが出来る。俺が治療してやってもいいが、適材適所ってやつだ。俺でも医療の心得まではさすがにないからな。


「こうなったらしっかり戦わないとな。強欲火炎グリードフレア


 手のひらから現れたのは蛇のような形の炎。それはゴブリンの方へ突っ込んでいくと、その頭を――食った。そしてまた次のゴブリンへ狙いをすまし、頭を食った。

 それを幾度も繰り返し、十匹ほど食らったところでその炎は自然に消滅した。


「やっぱり闇魔術はいいな。楽できる。……今日はこれ以上使わないでおこう」


 闇や光の魔術を使う者は注目されやすい。不要な関わり合いは避けたいものだ。適切な距離というものがあってだな……というかそもそも俺が先頭に立つのもおかしな気がするんだけど。


「ダメだ、もう魔力が……」

「俺も、ちょっと……」

「あと一発で、私もダメかもっ!」

「私はまだ大丈――げほっ!」

「お前はもう休んでおけ!」


 魔術師はどうやら魔力切れになってしまったようだ。

 魔力だって本来無限ではない。いつかは無くなってしまうものだ。魔力の回復にはマナポーションと呼ばれる薬剤を飲むか、自然に回復するのを待つかしかない。


「くそっ、まだ来るのかよ!」

「も、もう腕が限界……!」

「あしが……」

「立て! ふんばれ! 戦線を維持しろ!」

「うおおおお!」


 剣士たちも中々に疲弊し始めたようだ。強い者はまだまだ行けるだろうが、あまり強くない者は息も絶え絶えで今にも気を失ってしまいそうになっている。


「これは、まずいのでは?」


 そろそろ暴れられそうな予感がした。強い魔術は効果範囲も大きくなってしまうため、使いづらい。だから人がいないほうがやりやすいのだ。


「皆離れてくれ! 敵を今から一掃する!」


 腹をくくり、大声を上げて宣言する。

 

 すると、皆は休憩できるチャンスと認識したのか、それとも希望の光を見たのか。目を輝かせてそそくさと後退した。現金なもんだな……


強風災禍ディザスターストーム!」


 現れたのは、巨大な――台風。それを竜巻というにはあまりにも大きすぎた。そんな灰色の渦はゴブリンをゴミのように吸い始め、建物の残骸までも吸い込み始めた。


「あっ……封鎖結界ロックダウン


 本来これは動きを制限するための魔術。しかし動かない方が安全なため、この結界を貼ることでシェルターのようにしている。咄嗟の判断ではあったが、意外といい感じだ。快適快適~。


「すげええ!」

「ゴブリンがゴミのようだ!」

「これで勝てる!」


 一気にまとめて吹き飛ばしたことで目に希望の光が宿ったようだ。顔色も明るくなっている。


「あと少し! あたしに続けえええ!」


 そこで名乗りを上げたのはラナトルだった。上級魔術も交えながら炎魔術を使い、雑兵を蹴散らしていく。


「最後の一匹いぃ! おらぁ!」


 最後の一匹の頭が宙を舞い、鈍い音を立てて地面へ落ちる。


 数秒の沈黙のあと、もう敵がいないことを確認し――


「よっしゃああ!!!」

「勝ったどおおお!!」

「良かった、助かったぁ……」

「死ななくてよかったっ!」


 響き渡る大歓声。

 耳をつんざくほどの騒音だが、晴れやかな気分の前では気になることもない。

 

 心からの笑顔で喜びを表現する者もいれば、気が抜けて座り込む者もいる。しかしやっぱり嬉しそうにしている。緊張の色など見る影もない状態だ。


「エディ様、お疲れ様でした。かっこよかったですよっ!」

「そうかな。ありがとう。セラもよく頑張った」

「えへへ、ありがとうございます!」


 やはり彼女の笑う姿を見ると、俺も満足感を得ることが出来る。セラに褒められることは最高のご褒美だ。なんだかニヤけてしまう。


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