第28話:序曲

 シャフィとライラも合わせて六人で円形のテーブルを囲み、美味しくて豪華な朝食に舌鼓を打つ。


「このスクランブルエッグ、とろとろで美味しい……!」

「ウインナーも美味しいよ、ラナトルお姉ちゃん!」

「どれどれ~? ほんとだ、美味しい!」


 すぐに二人は打ち解けたようで、満面の笑みを浮かべながら仲良く談笑しているようだった。


「えぇ。かなり余裕が出てきました。感謝してもしきれません」

「我々はセントクリフ男爵家と友好的な関係を結びたいと考えています。これからもどうぞよろしくお願いします」

「私からもお願いします。シャフィお嬢様にはあまりお友達がいませんので、本当に嬉しいです。ラナトルちゃんと引き離してしまっては怒られてしまいます」

「それもそうですな。……そうだ、小耳に挟んだお話を少しよろしいですかな?」


 フェルソン卿と我が家のメイド二人はどうやら政治的な話し合いをしているようだ。

 彼は無能ではないだろうし、きっとジスティア公爵家の利になるように動いてくれることだろう。男爵が生き残るということはそれなりの有能さがある証左だと考えている。


「さてと。あと十分くらいで朝食も終わりか」


 懐から取り出した懐中時計を見て呟く。

 

 さすがに試験のスケジュールは学院側で組まれており、この時間が終われば試験会場に移動ということになっている。心なしか会場全体がそわそわし始めたような気がした。


 俺も皿に乗せられた食事を平らげ、冷静にその時を待つ。


 ――刹那、世界から光が消えた。


 照明も消え、日光も見えなくなった。


「どういうこと!?」

「何が起きているんだ!」

「怖いよ~!」


 辺りは先程の何倍も騒がしくなる。誰かの怒声や恐怖する声で染まり、話し声などかき消されてしまうほどだ。すると次第に声だけでなく足音も大きくなる。どうやら逃げ出そうとしているらしい。それは小規模に留まらず、人の波がこちらにも押し寄せてきた。


「皆、あの波に流されないようにしてくれ! ここで逃げるのは得策じゃないかも知れない」

 

 なんだか嫌な予感がするのだ。「ここで逃げても碌なことにならない」と。そもそもゲームにはなかった展開なのもあり、なおさら迂闊なことは出来ない。


「皆! 聞いてくれ!」


 どこからか大きな声が響いた。その方向を見てみると一人の男がいた。


 金髪碧眼で容姿端麗、細身で高身長。絵に描いたような美少年。


 そう、その正体は――


「私はエクレイド王国第二王子、バーレイグ・フォン・エクレイドだ! ここはひとまず落ち着いてほしい!」


 王子殿下というわけだ。今年はかなり珍しく、大貴族の子女たちが一堂に会する年。三代公爵家も一人ずつ子女がいるらしい――ジスティア公爵家は俺だけでなくシャフィもいるが――ので、かなり稀有なのが分かる。


「ここで脱兎のごとく逃げ出せば、かえって危険が及ぶ可能性がある。 ならば壊れることもなく、セキュリティが万全であるこの場所にとどまる方が安全と言えるだろう!」


 ふむ、さすがだ。理にかなっている。それに俺の意見とも概ね合致するな。王子様と同じ考えで何よりだよ。


「ともかく、冷静になって待っていてく――」

「はいはい王子様、ストーップ!」

「誰だ!」


 王子の演説を遮るようにして、幼い女性――もはや幼女と形容するべきだろう――の声が高らかに響いた。王子は警戒心をあらわにし、素早く辺りを見渡し始めた。


「自己紹介が遅れてごめんなさいっ。リオネはスロングス帝国の執行官第六席。名前はリオネ・ヘスペリデスっていうの! よろしくね!」


 理解が追いつかなかった。

 ゲームでスロングス帝国という名前は出てきたものの、執行官の名前までは登場しなかった。近隣諸国との戦争やユゴスとの紛争で潰えてしまった国だからだ。

 学院に干渉してくるのも不思議でしかないし、生きているのも不思議でしかない。本来はここに、この世にいないはずの人物なのだ。


「ちっ、スロングスの執行官がなぜここに出張ってくるんだ。父上――陛下や軍部は何を考えているんだ?」

「ということで! 皆さんにはとある『遊び』に参加してもらいまーっす! ぱちぱち~!」


 彼女自身のものと思われる拍手の音が数回響いたのち、スポットライトがいきなりとある場所を照らし始めた。


 そこには小柄で桃色の髪の少女が笑みを浮かべて拍手をしていた。口を大きく開け、とても楽しそうにしているのが分かる。

 服はダボッとしていて、明らかに丈のサイズが合っていない。それも幼さを感じさせる一つの要因なのかもしれない。


「ルールは簡単! 期限は今から明日の朝まで。その間にリオネの元までたどり着ければ勝ちだよ! 先着で20人、それ以外の人は……」


 不安を煽るかのような怪しげな表情に変わり、緊張感が高まる。試験に対する緊張なんかを軽々超えるほどに皆の顔が不安さに満ちる。生唾を飲み込む音なんかも聞こえてくる。

 雰囲気に飲まれ俺も少し緊張してしまう。


「内緒! えへへ、内容は楽しみにしててね! じゃあ、また会おうね~! ばいば~い!」


 そう言い残して突如現れた煙の中へ姿が消え去った――周囲に沈黙だけを残して。


「……ひとまず落ち着いてほしい。先程も言ったように、ここで迂闊に動くのは危険だ。固まって行動しないわけにはいかない」


 目が泳ぎ、動揺を隠せていないのがバレバレだ。しかし王子としてのプライドがあるのか、必死に統率しようとしている。


「この中には公爵家の者たちがいると聞いている。どうかここに来てその力を貸してほしい」


 おっと。どうやらお呼びがかかったようだ。どれどれ、ちょいと王子様を手助けしてこの問題を解決してみせようじゃないの。


 ――だが、そうは問屋が卸さない。


 ドシン、ドシン……と、遠くから音が聞こえてきた。普段は聞くことがないようなそれだが、俺は聞き覚えがあった。


「今度は何だ!」


 ちょっと、そんなに怒らないで。あんたが冷静じゃなくてどうするんだよ? ……なんて言いたくなるのも仕方ないだろう。


 しかしこの音で理解できないとは、王子くんは実戦経験に乏しいらしいな。仕方ないとはいえ少し残念だ。今回はいい経験になるはずだ。


 そしてついに、壁をぶち破って現れたのは――


「ゴブリンだ! それもいっぱいいるぞ!」

「きゃあ! 来ないで!」

「気持ち悪い……うっ」


 緑色の皮膚、醜い顔、小さな体躯。この世の生物ヒエラルキーの一番下になるべきと定められたかのような生物。


 そんなゴブリンの大群が、そこにはいた。

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