第27話:朝食は、朝の食事です
「……朝か」
鳥のさえずりがどこからか聞こえる。
薄いカーテンの向こう側から柔らかな陽光が優しく俺を照らしている。
しかし厳しい寒さが全身の肌を刺す。だがそれを跳ね除け支度をする。
「今日は入学試験か。本当にあっという間だった」
俺が〈
数多の魔物と戦い、大事な仲間と出会い、様々な事を冒険の中で経験してきた。
あの八月の、真夏の夜に見た――天使の夢。その時から俺の中での時の流れは数倍に加速した気がしている。
魔物を倒し、領民が困っていれば助け、己を強くしてきた。そして周りからの信頼を得た。
ストーリーのことも考え、布石や準備は周到に行い計画を練った。
全てはこの先に待つ未来のため。その一歩を今、踏み出すのだ。
「エディ様。起きていますでしょうか」
「あぁ。用意は出来てる、今行くよ」
既に服は着替えている。持ち物も完璧だ。
腰にはいつもの剣を提げ、筆記用具が入った小さいカバンを片手に持ち扉を開ける。
「シャフィ様はもう少ししたら合流するとの事です。私たちだけで朝食を食べてしまいましょう」
「分かった。確か一階だったっけ?」
話を続けながらエレベーターへ乗る。どこか懐かしさを覚えながらもボタンを押すと、数秒後ゆっくりと動き出した。
「そうですね。大きな会場にてビュッフェ形式での朝食です」
「料金は全部国が負担しているんだったか。太っ腹だな」
「この国を支えることになる有望な者たちのためですからね。もちろん、エディ様は支えるどころか引っ張る存在になるでしょうが」
「それはちょっと買いかぶり過ぎな気がするな。俺にリーダーシップはないさ。まだまだ未熟者だよ」
嘘を言っているわけでも、謙遜しているわけでもない。ただ自己認識を述べたに過ぎない。しかしセラは少し不満げというか、不服そうな顔をした。言葉はなくとも、強い否定の意が伝わってくる。
「私には見えます。エディ様が玉座へ至るその瞬間が。……別に、未来を予知するなんて能力があるわけではないですが」
「玉座はともかく、期待してくれるのは嬉しいよ。頑張る」
なんだか気恥ずかしくなってきたので会話を切る。こうやって感謝すれば喜んでくれるし、話題を変えてくれる。
「ここですね」
「うお、広いなぁ……そういえば、うちの領地じゃ屋敷くらいしかこの規模の建物はないんじゃないか?」
「お仕えする身ではありますし、不敬なのも重々承知ですが……その意見は私も肯定します」
「第二の王都なんて呼ぶ人がいるのも頷けるよ、まったく」
大ホールと言える大きさの会場には、昨日見た受験者たちが各々食事を楽しんでいた。しかしながらその顔には緊張が見え隠れしている人もいる。
「俺も入試のときはめっちゃ緊張したなぁ……」
「エディ様、何か言いました?」
「いんや。独り言だよ」
気を取り直して辺りを見回してみる。
すると見覚えのある少女を見つけた。俺はセラを一瞥し、その少女へ視線を誘導する。
「あ、あの人は」
「無事にここまでやってきたようだな。どうせなら同席しよう」
「賛成です」
人混みをかき分け、そこへたどり着くとその赤髪の少女――ラナトルは俺たちを見た瞬間、目を丸くして飛び跳ねた。
「――へあっ!? エ、エブティケート、くん!?」
「エディでいいさ。やぁ、久しぶり」
「お久しぶりですっ!」
この前会った時に「かしこまらなくていい」と言ったのを覚えていたのだろう。閣下呼びではなくなった。別に俺はエディで構わないんだがな。
「フェルソン卿も壮健なようで何よりだ」
「もちろんでございます。閣下もお元気なご様子で安心しました」
よくよく見れば、前より身体の筋肉が発達しているような気がする。元気さも増したような。
もしやラナトルに稽古をつけているのかもしれないな。中々期待できそうだ。
「そうだ、ここで同席してもいいか?」
「構いませんよ。むしろ嬉しいお誘いでございます」
「では料理を取ってくるとしよう」
「ご一緒致します」
「あ、あたしも!」
「エディ様、人気ですね」
にこやかに立ち上がったフェルソン卿に、慌てて着いてくるラナトル、そして唇を尖らせ嫌味をいうかのようなセラ。
それぞれ違う反応に苦笑しながらも、料理が並ぶ場所へと移動した。
「すごい、見たことない料理がない」
「それこそすごい……あたしは見たこと無いものばっかりなのに」
なんだか勘違いをされてしまったな。
ゲームにはもちろん料理の概念があった。作って食べることも可能で、その数は数百にも及ぶ。
ここに並ぶような美食――つまり美味しいものは当然のようにゲームで登場している食べ物なわけだ。
しかも料理を食べることで回復効果があったり、攻撃力や会心率が上がったりした。
俺はいつも香草と鶏肉で出来る安価なもので回復していたのを思い出す。数百とストックしてさ……
「セラは何を……って、すごいな」
セラの持つ皿の上には白、白、白……と見るからに甘そうなものばかりがあった。
「これを見てください。これがなんだかわかりますか?」
皿の上にある一つのケーキを指さした。その上にはちょこんと、いちごが乗せられていた。
「いちごだよな。それがどうしたってのさ」
「いちごは酸っぱいです。なので甘いものを相殺します。すると全てが中和されて健康になります」
「話が飛躍しすぎじゃない? ただ甘いものを食べるための言い訳じゃないか。……まぁ、今日はいいよ。いつも頑張ってくれてるしご褒美ってことで」
「さすが私のお仕えするエディ様です!」
太って動けなくなるのは絶対に阻止する。これを許すのは月に一回だけ――俺は心の底から強く誓った。
「にいさま、おはようございます!」
言い訳に少し溜め息をついた刹那、脇腹に衝撃を感じた。少し見下ろせば、その原因は俺に抱きついてきた我が妹シャフィだと判明した。事件解決!
「おはようございます、エディ様」
「おはようシャフィ、ライラ。俺はこの二人と同席することにした。良ければ二人も一緒にどうだ?」
「えぇ。もちろんです」
「にいさまと一緒、絶対」
「あ、フェルソン卿、ラナトル。それでいいかな?」
「どうぞお構いなく。愛らしいお嬢様を断ることなど致しませんよ」
「か、かわいい……! 撫で回したい可愛さがそこにいる……!」
許可が出たようで何よりだ。
それにしてもラナトル、シャフィの可愛さに心を鷲掴みにされてしまっているようだ。そうだろうそうだろう。俺がにいさまなのだ。えっへん!
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