第二章:王立高等学院にて

入学試験編

第26話:さぁ行こう、学院へ

 ガタガタガタ――小気味よく車輪が回転する音が絶え間なく聞こえてくる。少し耳をすませばそれがいくつか聞こえてくることが分かる。


「うぅ、さむい……」


 そう震える声を発したのは三つ年下の我が妹、シャフィだ。彼女は決して薄着ではないものの、まだ寒さに慣れていないからかとても寒そうにしていた。


 なぜならば今は冬。暑かった夏とは打って変わって厚着をしなければ凍死しかねない寒さだ。日本よりも寒いような気がしてならない。二酸化炭素がないからだろうか。


「それにしてもセラ、逆に寒くないのか?」

「はい。全然問題ありませんよ?」


 馬車の中は暖房がきいているわけではない。隙間風こそないが、温かいかと言われるとそうでもない。

 しかしセラは普段通りメイド服だった。夏服と比べれば露出はゼロに近いほどだが、厚着をしているようには到底見えない。少し不思議にすら思える。


「そういうエディ様は?」

「俺は平気だよ。強いからな」

「エディ様もですか。さすがですね」


 俺はどっちかと言えば寒がりだ。悪魔の力によって暑さ・寒さに強くなっていなければシャフィと同じような状態になっていたことだろう。朝は暖房をつけておかなければ布団から出られなかった……思い出すだけで寒気がする。やめよう。


「ライラ、寒くないの?」

「えぇ。私もセラフィナさんと同じですよ、シャフィお嬢様」


 ライラと呼ばれたのはシャフィの専属メイドだ。この馬車に乗っているのは俺とシャフィ、それとそれぞれのメイドセラとライラの二人で合計四人だ。御者も含めれば五人といったところか。


 そんなライラは一言で言えば金髪のお姉さん、といった感じだ。

 おっとりとした顔をしており、性格もおっとりとしている。基本的にはシャフィの話し相手、というか聞き手だ。分からないところがあれば説明し、話の中で不明な部分があれば質問する。シャフィの賢さはライラがいてこそだろう。


「そろそろ学術都市でしょうか、降りる準備をしないとですね」

「お嬢様、もう少しの辛抱ですよ~」

「さむい……」


 ブルブルと震えている様にはなんだか苦笑してしまう。しかし心は少し温まった。

 

 俺はそれを横目に窓の外を眺める。


 外は少し白く、空は完全に冬に染まっていた。

 雪が降り始めたのは数時間前、まだ積もってはいないが、このままであれば夜には積もっているに違いない。


 ――それから一時間後、馬車はゆっくりと動きを止めた。


「人が多いな、さすが王立高等学院。国中の貴族の子女たちがいるんだもんなぁ」


 大きな城壁に囲まれたここは通称「学術都市」。学業と魔術の研究が主に行われることからその名がついた。

 今俺たちがいるのは都市の中心に存在する学院地区。ここには関係者以外立ち入りが禁止されているため、見渡す限りにいる人々全てが関係者、つまりは受験者と付き添いということだ。恐らく数は数百人にも上るだろう。メイドも合わせればその倍はいくかもしれない。


 俺は中々見ない光景に感嘆しながらも、別の馬車で運んでいた荷物を素早く下ろしていく。


「これで終わりかな。そっちは?」

「はい、終わりましたよ。じゃあ、運びますよ」


 俺たちは何も日帰りをするわけではない。大きなホテルを丸々貸し切ることで受験者の宿を確保しているのだ。なので俺たちは荷物を運ぶ必要がある。


「おもくて持てない……ライラ、手伝って」

「じゃあ私はこっちを持ちますね。これなら運べますか?」

「うん、大丈夫。ありがとう」

「どういたしまして」


 まるで親子だ。この二人の掛け合いは何度見ても笑顔になれる。


「何ニヤニヤしてるんですかエディ様。妹を見てその笑顔はいかがなものかと思いますが?」

「君はもう少し人を笑顔にすることを心がけるべきじゃないかな?」


 セラは他の女性が絡むとどこか毒舌になる気がする。一部例外もあるけどね。いやはや、怖い女でございやす。


「――っと。これで終わりかな」

「そうみたいですね。じゃあ私が受付してきます。エディ様、シャフィお嬢様、ライラ、行きますよ」


 率先して名乗り出たのはセラだった。そしてその分として俺に荷物を押し付けてきた。くそっ、そのためか。


 セラは受付に行くと、数度言葉をかわした。重い足取りでは内容が聞こえる距離まで近づくことは出来なかったため何を言ったのはまでは分からない。まぁ、変なことを言ってるわけでもないのだしいいんだけど。


「長旅お疲れ様です。荷物をお運びいたしますよ」

「あぁ、どうも」


 従業員が数人やってくると、皆の荷物を持って奥の方へと歩き去っていった。口には出さないものの、ライラもシャフィも疲れたような顔をしていた。慣れない旅の疲れもあるのだろう、早く部屋に入りたい。


「お部屋の鍵はこちらになります。番号はそこに記されている通り『0005番』となっております」

「丁寧にどうも」


 しかしまた5番とは珍しい。この部屋の割り振りはどうなっているのか気になるな。


 シャフィの方を見れば、どうやら7番だったようだ。セラは4番、ライラは6番とそれぞれ交互になっていた。


「では部屋に行くぞ」


 俺は少し見渡した。すると、領地では見ることが出来なかったあるものを見つけた。


「ライラ、あれは何?」

「あれはエレベーターです。上層階まで一気に上れちゃうんですよぉ」

「どんな仕組みなのかな?」

「確か、長いロープをモーターで引っ張っていると聞いたことがあります。まだここにしかないはずですよ」

「すごい……!」


 シャフィは目をキラキラと輝かせて楽しげにしていた。

 好奇心が人一倍強いからこそ知識を得ることが出来るのだろうな。前世の親友で頭のいいやつがいたが、そいつは昔から好奇心が強かった。なんだか腑に落ちた感じがする。


「シャフィ、俺たちはエレベーターに乗るんだぞ。俺も乗ったことはないから楽しみなんだ」

 

 人が多いため俺たちが乗ったエレベーターはすぐに満員になってしまった。そして扉が閉まると、モーターのような機械音とともに動きだした。

 それと同時に驚くような声が幾つも聞こえた。恐らく始めて乗る人ばかりなのだろう。


 ――そうして数分後、ついにエレベーターの中は俺たちだけになった。だがまだ目的の階層には到着していない。


「なぁ、もしかして――」

「えぇ。 最上階ですよ。私も長くてちょっと退屈です」

「やっぱりか……」


 するとエレベーターが止まり、チリンとベルの音がなり扉が開いた。


「ここか。部屋は……この四つだな。それじゃ各自別れるぞ」

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