第24話:嵐の前に

「ん、にいさま。おかえりなさい」

「ただいま。それでどうしたんだい? シャフィはいつも本を読んでいるのに外に出るなんて珍しいじゃないか」


 ちょっぴり不思議な雰囲気を纏う彼女は、いつも家の図書室で本を読み漁っていたりする。そのためかなり賢く、難しい言葉もよく知っている。

 年齢で言えば小学六年生、十二歳だ。まだ幼さが残り、成人するまで数年ある、そんな年齢。


「にいさま、何か黒く穢れたものを持ってない?」

「く、黒く穢れ……? さぁ、持ってないと思うけど」


 話すたびに思う。本当に十二歳児かと。

 それに言っている事が不可解なのだ。しかし単なる厨二病などではなく、意味がある発言なのだとその目を見れば理解することが出来る。


 年相応の話し方が出来ないのだろう、と思うことにするしかない。シャフィは決して間違った事を言うことはないからだ。


「漆黒で、硬い何か……持ってるんでしょう」

「それなら……これのことかな?」


 先程見つけた漆黒のガントレットを取り出し見せる。

 すると反応があった。


「これっ! どこで見つけたの?」

「えっと、さっき悪い人を懲らしめてきたんだけどね。その人たちの家にあったんだよ」

「お願い、少し貸してほしいの」


 そう言って手を伸ばすシャフィ。可愛い……じゃない。重くて持てないと思うんだがなぁ。どうしたものか。


「とっても重いから持てないんじゃないかな?」

「ならにいさまが持ってて欲しい」

「わ、わかったよ」


 妹の指示に素直に従い、目線を合わせるように少しかがむ。そして膝の上にガントレットをのせて見やすくしてみた、


「――鑑定」


 シャフィが何かを呟いた刹那、彼女の青い瞳が金色に煌めいた。そしてその目は機械のように――まるで時計のようだ――カチカチと動き始めた。その光景はおよそ人間のようには見えない。だが妙な納得感と既視感を覚えた。


「にいさま、やっぱりこれは危ないもの。今すぐに捨てるべき」

「どうしてだい? 個人的にはあんまり捨てたくないんだけど……」


 ただの拾い物だろう、そう言れたら反論はできない。しかしどうしてか感じる――言うなれば魔性の魅力。それが心の中で渦巻き、捨てるという選択肢をかき消していく。


「捨てないならどうするつもりなの。絶対にそれはにいさまを危ない目にあわせる!」

「戦うとき以外は使わずにしまっておくよ。だからきっと大丈夫」

「そんなわけない、ダメ」

「シャフィ……」


 シャフィがこんなに強い口調で何かを言うのは始めてだった。それによって心が大きく揺れ動く。

 しかし一本の芯が、軸があるかのように結論は元の場所へと戻ってくる。何回思考を繰り返そうと、変わらぬ答えを脳が算出してしまう。


「……俺の脳がそれを猛烈に拒否するんだ。心では従いたいのに。この奇妙な感覚はなんなんだろう」

「――じゃあ、わたしはにいさまと一緒に学院に行く!」

「――えっ?」


 いきなり放たれた言葉は、予想だにしないものだった。


 なぜ今学院の話が……というか「一緒に行く」ってなんだ!? さっぱり意味が分からない。


「わたしならそれをどうにか出来るかもしれない。だから一緒に行く!」

「で、でも試験とかは……」

「自分で言うのも何だけど、わたしはそれなりの頭脳を持っている。だから大丈夫」

「戦闘試験はどうするのさ」

「うっ、それは……なんとか出来る算段がある」


 苦虫を噛み潰したような顔をするシャフィ。嘘はさすがにいけないだろうと思いさらに問い詰める。真偽を確かめるのだから仕方ない。……俺だって妹に嫌な思いとかさせたくないよ!


「本当に?」

「ほんとだよ」

「本当の本当に?」

「ほんとのほんとだよ!」

「本当に絶対?」

「ほんとに絶対!」


 精一杯背伸びをして俺に固辞の姿勢を見せつけている。可愛い。


 いやまぁ、こんなに言うなら……多分本当なんだろう。


「分かった。信じることにするよ。でも学院に行く許可はどうするのさ」

「ん、今からとうさまとかあさまに聞きに行ってくるっ!」


 そう言ってシャフィは駆け足で家の中へと入っていった。

 俺もこれ以上外に用があるわけではないので家の中へ入る。


 そして少し歩いて戻ってきた自室。あいも変わらず広いその部屋には慣れなかったものの、今ではすっかり馴染んでしまっていた。


「学院、か……」


 シャフィとの会話で思い出した。そういえばそうだったな、と。


 王立高等学院。

 それはエクレイド王国最大の教育機関であり、生徒数や教育設備もこの国では一番の学校。ここで皆は成人するまでの四年間を過ごす。

 そんな学院に、貴族は十六歳からの入学が義務付けられている。いわゆる義務教育だ。それまでは各自の家で家庭教師などをつけたりしている。


 ちなみにこれはあくまでプレイヤーたちの邪推ではあるが、学院は国の貴族が「子どもに対してどのような教育を行っているか」を検査する場所なのだという。

 問題を起こす者は親の教育が関係しているはず、ならばそのおやも性格が――そんな考えは合理的だと思っている。意見としては賛成の立場だ。


 そうそう、知っている者で言えばジヴリナ、ラメルデ、アウラの三人が現在一年生として学生生活を送っている。俺たちが入学する来年度――日本と同じく四月からだ――で二年生に昇級となる。


 噂をすれば客人が現れた。


「エディ、ちょっといいか?」

「その声……アウラ姉様。今開けます」


 扉を開けると、困り果てた顔のアウラがそこにはいた。手には何かを持っているようだった。


「エディ、あたしに勉強を教えてくれないか?」

「……ちょっと詳しくお願いします」


 おいおい嘘だろ? 俺って年下の弟だよな? さすがにこの展開はびっくりだよ……。アウラ、ポンコツキャラだったのか。


「そのぉ、学院で今度テストがあってさ。実はそれを合格しないと留年になりかねないんだよ。今までのテストでも結構厳しい点数で……」

「もう分かりましたよ。分かりました、いいでしょう。姉様のためです」

「ありがとうエディ! さすが我が弟よ!」

 

 笑みを浮かべ、小躍りしてはしゃいで俺に思いっきり抱きついてきた。やめてください息ができなくて死んでしまいます……!


「じゃあ部屋入ってください。その方が楽なんで」

「お邪魔しま~す!」


 意気揚々と入ってきたアウラ。その手にはノートと鉛筆が握られていた。これで手に持っていたものの正体が分かったな。


「じゃあ早速始めます。いいですか?」

「おう、よろしくお願いします!」

「まずは魔術の定義と概要についてです。魔術とは――」


 そうしてこの後、俺たちはめちゃくちゃ勉強した。

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