第17話:交渉
――バンッ!
そんな轟音が聞こえるまでそう時間はかからなかった。
あーあ、観光名所が粉微塵だよ。アルマロスはびっくりしすぎて一メートルくらい飛び跳ねたし。鳥肌すごいし。可愛そうだよ。
「い、今の音は何……!?」
「多分、ルコが不壊の岩を粉々にした音だよ。うちの名物がー……」
「た、確かにそうだね……」
しっかりと俺の気持ちを察してくれたようだ。同情してくれてありがたいのぉ。
「この調子じゃルコもCランクだな。これで皆一緒のCランクで始められたわけだ」
二人にそう話しかけて数分後。
ギルドの奥から音が聞こえてくることはなくなった。試験が終わったようだ。
「か、閣下ぁ〜……終わりましたぁ〜」
随分と疲れた様子で出てきたコミア嬢。それとは対照的に胸を張って堂々としているルコ。あとで叱っておくべきかもな……「迷惑かけちゃダメだぞ」って。
「やっぱりCランクか?」
「えぇ。あ、そういえば閣下とジヴリナ様とアルマロスちゃんはBランクですよ? 更新しますのでカードをお借りしますね」
それに従い冒険者カードを渡す。すぐに作業は終わり、Bランクのカード三枚とCランクのカードが一枚帰ってきた。
「さてと。またセラに紹介しないとなぁ……」
まるで気分は捨て犬を拾ったようだ。なんと文句を言われるか心配でたまらない。そんな憂鬱を考えている間に到着し、ジヴリナは近くの別荘へ、アルマロスは自室へ――空いていた部屋をアルマロスの部屋にしたのだ――戻り、俺も自室へと戻った。
この前聞いたのだが、ジヴリナとセラの協力があって、無事にアルマロスは家族に受け入れられたらしい。
それに俺は心から安堵している。獣人差別とかが無くてよかった。
「そろそろ夕暮れか――」
俺は傾き始めた太陽と、色が変わりゆく空。そんな美しい日常の風景に酔いしれていたらノックの音が三回響いた。
「エディ様~? ちょっと今よろしいですか?」
「あ、あぁ。問題ないよ」
「では失礼します」
明らかに口調が穏やかではない。どこからナイフが出てくるかわかったものじゃない。天使のようだ、なんて言葉は撤回する。これはもはや純白のメイド悪魔だ。とても良くない。
「あれぇ、エディ様。その小さな女の子は誰ですかっ?」
可愛げのある言葉なはずなのに顔が怖いほどの笑みのせいで恐れしか感じない。正直に言わないと殺されてしまいかねないぞ……
「こいつはルコ。森の中に一人でいたところを保護したんだよ」
「ルコじゃ。恐れたまえ人間の小娘」
「……なんでこの子は高齢の方のような喋り方をしているんです?」
「そういう癖だそうだ……許してあげて」
「私の敬愛するエディ様がそう言うのであればそうします!」
やけに「敬愛する」という部分を強調していた気がする。これって信頼を裏切るなと暗に言っているのでは?
いよいよヤクザのボスになってきたな。知らぬ魔に裏世界を支配しててもおかしくない。
「そうだ、父様にこの子の部屋がないか聞いておいてくれないか? この部屋を使わせるのはセラも嫌だろ?」
「承知いたしました。では失礼します」
あえて「セラも嫌だろ?」と同意を求めるように言ったのは許可を取りやすくするため。きっとセラは熱烈で情熱的な演説をして父様から許可をもぎ取るだろう。
さてと。ユゴスとの交渉は明日だ。準備を整えよう。
◇
「今日もいい天気。交渉日和で何よりだ」
早速服を着替え、朝食も済ませ準備は万端。
「と。その前に……」
俺が向かったのはルコの部屋。
しっかりゆっくり三回ノックをしたが返事がない。仕方ないので開けてみる。
「おい、起きろルコ。寝相悪すぎだぞ」
服を着ていた筈なのになぜか脱いで全裸になっている。状況から察するに寝ている途中で脱げてしまったのだろう。にしてもひどいけど。
「ん……なんじゃ、もう朝か。で、何の用じゃ?」
「これからユゴスとの交渉に行く。準備を整えてくれ」
「委細承知した。少し待ってほしいのじゃ」
そう言ってそそくさと服を着る――かと思えば、魔術でささっと正装に着替えた。
「ほれ、行くんじゃろ? どけどけ」
「酷い言い草だなぁ……」
俺が今回ルコを連れて行くのは理由が二つある。
一つは戦力であるから。世界でも指折りの実力者であり、死ぬことはありえないほどの強さと耐久力がある。あの世界に逃げ込めば不滅の存在になるためなおさら。
もう一つは知識があるから。ユゴスについても様々知っているため、俺が知らないことも聞ければいいと思ったためだ。
外へ出て数分、あの場所へと到着した。
「来たか悪魔の少年よ。こちらは用意が出来ている」
「あぁ。じゃあ連れて行ってくれよ――深淵都市・アビスフォリアに」
「本当に、どこまで知ってるんだか……
相手はこの前の男と武装したユゴス兵――護衛だろう――が二人。それに対してこちらは
ユゴスの魔術師が使った魔術により、全員が影へと沈んでいく。俺たちは抵抗することなく身を委ねる。
「王子よ。件の者を連れてまいりました」
そこはまるで謁見の間だった。
暗闇の中、等間隔に並べられた紫の灯火だけが辺りを照らしている。その間に並ぶ兵士たち。完全に脅しに来ているとしか思えないが仕方ない。これがユゴスのやり方だ。
「ご苦労。さて、では交渉を始めようか」
それは若い男の声だった。玉座から降り、階段をゆっくりとした足取りで下ってくる。それと共にフードに包まれた顔が見える。
それは黒髪の男だった。
その目つきは龍のように鋭く、視線だけでオークを殺せてしまいそうだ。
「招待してくれてどうもありがとう。俺の名前は知っているよな?」
「もちろんだ、エブティケート・ジスティア。僕は貴方のことをよく知っている。だから率直に言わせてもらう――ユゴスに入らないならば我々は貴方を全力で殺す」
「……わーお」
出会って五秒で殺す宣言か。怖すぎない? ゲームでももうちょっと友好的だったと思うんだけど……
「俺から言いたいことは一つ。戦う気はないのでさっさと降参してほしいんだ。俺の力に敵わないこと、分かっているんだろ?」
「……心苦しいがここでお前を殺す。総員、構え!」
号令がかかった刹那、場の全員が戦闘態勢へと変わった。
じゃあ、ちゃっちゃと無力化しますか。
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