第15話:ホルコス
昨日と同じように用意を済ませ、再びやってきたレリア森林。
今度は街道からは少し外れているため、前回よりも足元が悪い。しかし獣道もあったりするため、意外と不便には感じない。
「というか……本当にこんなところにあの審正龍様がいるの?」
「俺もわからんさ。ただギルドの報告で『夜中にここへ降り立った』と言ってるんだから仕方ないだろう。収穫がなくても報酬はもらえるんだからさ」
「まぁね……」
審正龍の正確な居場所は分からない、というより「この世界に存在しない」の方が正しい。別の次元の異空間にその住処はある。
そのため会うためにはどこかにある転移門を探して入る必要がある。
「アルマちゃんは……全然疲れてないね。むしろ楽しそう」
「はいなのです。アルマはよく森で遊んでいたのです」
「獣人だからそうなるわけか。足取りも軽いし」
「私、これはどっちかと言えば飛び跳ねてる感じがするな」
ジヴリナの言う事は的を射ている。まさにぴょんぴょんという擬音語がぴったりな動き方だ。
「あれ、なんかあそこだけ開けてない? ちょっと休憩しようよ」
「そうだな。少しくらい休んでもいいだろう」
そうは言ったものの、俺は一切疲れていない。体力が無限にあるも同然だからだ。しかし魔術師であるジヴリナにとってはキツイものだろう。
彼女も様々な事を練習しているとはいえ、森での探索などやったことがあるはずがない。仕方ないと言えば仕方ないのだ。
「ふぅ……この木々のざわめき、本当に落ち着くな」
地面は少しデコボコとしているが腰を下ろせないほどではない。逆にいい感じの背もたれになる。
目を閉じれば全身の筋肉の力がふっと抜けたような気がした。いくら街がのどかと言えど、これほどの癒やしは普段は得られないものだろう。
この世界がゲーム世界とかじゃなかったならば、俺は絶対にスローライフをしていたはずだ。
「エディとずっとこうやって暮らしていたいなぁ……」
ふいに漏らしただろう小さな呟き。しかし俺にははっきりと聞こえていた。それと同じに顔が赤くなっていく感覚を覚えた。心臓の鼓動が早まったのを感じた。
「あれ? エディどうしたの? なんだか顔赤いけど」
「大丈夫だよ。理性は保ってる」
「……えっと、何の話?」
あんたのせいじゃあ! とは言えないので、なんとなくでごまかしていく。さもありなん。
「さてと。そろそろ再開しようか――」
そう言いながら目を明けた途端、目に写ったのは知らない景色――厳密には知っているようなものだ――だった。
そこは平原。辺りはどこまでも続く緑が広がっていて、少し遠くには直径二メートルはあるだろう大樹があった。樹齢は何千年なのだろうか。
ただ遥か遠くには真っ白な霧が立ち込めていて、奥の方が何も見えない。そのせいでなんだか世界が半球状に見える。
そんな世界の、大樹の根本にいる巨大な龍。間違いない。
「審正龍、ホルコス……!?」
「よく来たな汝らよ。歓迎するぞ」
龍――ホルコスは妖艶な声でそう語りかけてきた。純白の身体を動かし、近くまでやってくると大きさが、威圧感がよく分かる。人間どころか魔物でも本能が危険だと判断してしまいそうなほどだ。
俺も本能が警鐘を鳴らしていて、「お前では絶対に勝てない」と訴えかけてくる。それを理性と感情を以て鎮める。
「俺はあなたの事をよく知っている。だから単刀直入に言わせてもらおう――俺と契約してくれないか」
「ええぇ!?」
その声を上げたのはジヴリナだった。……あの深窓の令嬢はどこへ。
「エ、エディ。さすがに審正龍のおとぎ話は聞いたことあるよね?」
「もちろん知っている。要は『力を持つ者の前に現れし誓いの代行者』だろ? それを分かった上で言っている」
「それって審正龍様に勝てるって言ってるのと同じだけど……」
「俺はそう言っている」
顔をひきつらせ、理解できないといった表情をしているジヴリナ。ひどいな、まるで俺が異常者みたいじゃないか。
「アルマも聞いたことあるのですっ。獣人族にも昔、契約した人が一人だけいたのです」
「ふん、よく知っているな小娘よ。汝らはよくやっているようだな」
「あ、ありがとうなのです?」
まだ幼いアルマロスはあまり凄さを理解していないようだ。怖がられるよりはマシだろうけど。
「それで小童よ。かの伝承も知っているのならば――戦う覚悟はあるのじゃな?」
「正直に言えば無い。俺はあなたと戦いたくないんだよ。俺が勝つという結果は変わらずとも、それまでが面倒だ。あなたは代理人の一角。死闘を繰り広げることになるのは明白だからな」
ついにはホルコスまでもが顔をひきつらせ、理解できないといった表情をしている。ちょっとひどくない? でも面倒じゃん。
例えるなら、同じような体格の人と数時間殴り合いして、最後は拳銃を使う、みたいな。だったら始めから拳銃を使うと宣言し、相手にはガードしてほしい。
……あと、ホルコスならば拳銃を気づかぬうちに使えなくする、くらいの事をやりかねないというのもある。あの悪魔と審正龍は対等だからだ。
拳銃の部分を魔術に置き換えてもいいが、とにかく俺がある程度の絶対的なアドバンテージを持っている事は事実。最悪戦うけど、出来ればそうしたくない。
「……はぁ。今までにお前のようなバカは見たことがない。妾相手にそのような事を言う者などな。皆一様に戦いを挑んで来たんだがな」
口調がなんとなく愚痴に聞こえるのは気の所為ではあるまい。なんかごめん。
「じゃが、強さの証明はしてもらわねばならない。であるならば。小童の力の全てを使うような、最強の一撃を妾に打ち給え。それで力量を判断してやる」
「それはありがたい提案だ。互いにとって最善。賢明な判断に深く感謝する」
「ふんっ。いいから早くやれ」
言われた通り、ゆっくりと力を溜める。全ての魔力を使い切ってしまうようなつもりで。
「そうだ、彼女たちは隔離しておいてくれないか?」
「……なるほど。その力ならばあり得る。いいじゃろう」
二人の姿が突然消えると、何もなかった霧の向こうで現れた。これで心配ないだろう。
「これで……限界ッ!
刹那、世界は真っ黒に塗りつぶされた。
ここは音も光もない、完全なる虚空。これだから二人を隔離してもらったのだ。直撃すれば殺すどころか魂まで消滅させてしまいかねなかった。
……数秒か、数分か、それとも数時間か。一筋の光が見えた。それを皮切りに視界が光で彩られ始め、元の状態にまで戻っていった。
「……汝、まだ力を使いこなせていないな。それに術式の必要条件に少し届いていない」
「仕方ないだろう。こっちも訳アリなんだよ」
「まぁ、深くは聞かぬ。だが合格じゃ。契約してやろう」
これは魔王エブティケート・ジスティアの最終奥義。全てを消し去る最強無敵の必殺技。
これの読み方は公式的にも存在していないため、各々が好きなように名前をつけていた。俺は「ダインスレイヴ」と呼んでいた技だな。皆大好きであり、エブティケートの人気を後押ししたものでもある。
それにしても、まさかこの時分で使うとは思っていなかったので自らをも消滅させてしまったな。まぁ、合格をもらえたので結果オーライだ。
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