第10話:領地観光

「俺たちはヴォルトっていう裏組織の下っ端さ。上のやつらがとある男爵令嬢――つまりこの女を攫ってこいって言ってきてな、俺らは理由を聞いたんだよ。そしたら『古代の闇の使者の生贄にする』とか言ってたのさ」

「闇の使者……ね。なるほど。あんたらがユゴスに流してたってわけか」

「ユゴス……? なんだそれ」

「なに、ただの独り言さ」


 闇の使者はゲームにも登場した名称だ。しかし姿は出てきていない。どうやらその「闇の使者」の召喚の儀に失敗したようなのだ。もちろんそれに伴いラナトルという名前も出てきていない。

 なんだか点と点が繋がったような感じがする。ワクワクしてきた。


「ま、おおよそ理解できた。じゃあお前ら、俺の配下にならないか?」

「「「……は?」」」


 綺麗に声が一致している。すごいな、息ぴったりじゃないか。

 というか後ろの少女も不思議そうな顔をしている。


「もう分かってると思うけど、俺とお前らでは力の差がありすぎる。だったら寝返らないか? ボスには『四日後に五十万ラクス用意すれば少女を渡す』とだけ伝えて引き延ばせ。それまでに俺がなんとかしてお前らも、このお嬢さんも安全を確保してやる。どうだ?」

「俺は賛成だぜ。足一本失って従わないとか無理だろ」

「じゃあ俺も賛成だ!」

「俺も!」


 そんな感じでその場にいた男三人組の協力が得られた。やったね。


「君も、それでいいかい? もう危ないことには巻き込まないからさ」

「わ、分かったよ。本当にあたしを守ってくれるんだな?」

「もちろんだよ。怪我の一つもさせないさ」

「ならいい。あたしも協力するよ」


 これで全員俺側だな。ユゴスも三日後には俺が介入するからこの計画で失敗しそうな点など存在しないのだ。もはや出来レース。素晴らしい。


「じゃあ、お前らは帰ってくれ。俺はこの子と話がしたい」

「おう。白い兄ちゃんも頑張ってくれよな!」

「あぁ。期待している……回復リカバリヒール


 そうして三人は帰っていった。

 ……おいおい、あいつ足がことに気づかないまま歩いてるんだけど。あ、気づいた。ふふっ、反応面白いな。


 そして俺は少女へ向き直り、しゃがんで話しかける。


「君、名前はラナトルとか言わない?」

「そうだけど……なんで知ってるわけ?」

「君の父親を名乗る人から探してくるように言われててね。そのときに教えてもらったんだよ」

「あ、あたしは帰らないぞ。親父には見つからなかったって言ってくれ」

「それは無理だよ。さっきも危ない目にあっただろう?」

「いいからさっさと行ってくれ!」


 俺が手をつかんで引っ張っても頑なに動こうとしない少女――いやラナトル。俺のほうが力は強いから動くものの、必死で抵抗しているのを無理やりというのは少し心が痛むな。


「なぁ、どうしてそんなに帰りたくないんだよ?」

「……だって、あたしは貧乏で領地も狭い男爵家の生まれで、親父はあたしを旅行に連れて行ったことがない。リガルレリアには度々来るけど、一回も観光なんてしたことないんだよ! だから色々見て回りたい。もっと世界を知りたいんだよ!」

「そっか、なら俺も付き合うよ。さぁ行こう。俺たちの領地リガルレリアはいいところだからさ!」

「おう! ……ってえぇ!?」


 抵抗をゆるめた瞬間を狙い一気に引っ張る。すればいとも簡単に身体を動かすことが出来た。そのまま広い道へと出る。


「どこへ行きたい? お金は持ってるからどこでも連れて行ってあげるよ」

「えーっと、じゃあ――!」


 彼女はウキウキでリクエストを出し始めた。王都ほど広くはないが、それでも公爵家である時点で領地は大きい。中世の娯楽はほとんどあると言っていいだろう。

 その中でも彼女が特に興味を示したのは冒険者ギルドだった。


「あたしさ、登録はしたんけど依頼もほとんど受けたことがなくってさ。親父が過保護で森に出させてくれないんだよ。それに戦ったことも全然ない。だから色々してみたいんだ!」

「いいね。じゃあ行ってみるか。ところで不壊の岩は知ってるか?」

「聞いたことあるぞそれ! 見てみたいなぁ~!」


 そうして向かったギルド――もちろんノーブル貴族用だ――では、群衆とまではいかないが、それなりに人が集まっていた。


「何かあったのか?」

「行ってみよう」


 人の間をくぐり抜け、受付の前まで進む。そこにはコミア嬢がいた。


「閣下……! あの岩が壊されてたってことで人が押し寄せてるんです! 黒天も同じ事したってことでなおさら!」

「あー、そっかぁ……なるほどね。ちょっと鎮めてくるよ」

「お願いしますぅ!」


 この子にはさすがに荷が重そうだ。

 俺は岩のある闘技場の上に登って闘技場を見回した。岩は俺が壊したものをさらに半分にする形で切断されていた。あれは物理では壊せないものである以上、魔術によるものだと理解できる。あの黒天ならばそれが可能なのだ。推しとして嬉しくなってしまうな。


「皆の者! よく聞け!」


 その声が響くと同時に、場は一瞬で静まり返る。

 今までにない経験に内心恥ずかしさを覚えながらも、今更引き返すことは出来ないので腹をくくる。


「その岩を最初に壊したのは私、エブティケート・ジスティアだ! 次に壊したのはかの黒天だ! その岩には何も細工などなく、特別な方法など一切使っていない! ちなみに私の魔力量はSランク相当だと判断された! それでも壊せると言う者は前に出よ! そしてそれを証明して見せろッ!!!」


 肺にある空気を全て出しきるかのように叫んだその声は、その場全体に響き渡った。少し息切れになってしまうほどに。


「あたしなら出来る!」


 そう声を上げたのはラナトルだった。赤い髪を揺らし、明らかに緊張している顔持ちで赤い岩の前へ立った。


火炎爆刃フレアブレード!」


 全身全霊を込めて放たれただろうその一撃は、岩に当たって――弾けて消えた。失敗に思えたその刹那、赤い小石のようなものが空中に舞っているのが見えた。陽の光によって煌めく様は美しくもある。しかし何より、それは彼女が岩を砕けたという証拠でもある。


「うおおお!!!!」

「嬢ちゃんすごいな!」

「この王国も安泰だな!」


 大歓声。それに尽きる。


 人々が等しく嬉しそうに笑みを浮かべ、彼女の偉業を祝福していた。


「おめでとう。すごいな、びっくりしたよ」

「ありがとう。あんたがいなかったらこんな事、絶対出来なかったさ」

「そうかな? まぁ、これで思い出は出来たんじゃないか?」

「そうだなっ!」


 そう言って笑う彼女の姿は、太陽みたいに輝いて見えた。

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