第3話:変わった者と変わらぬ家族

 ……まぁ、そんなこと言ってもこれは結構時間のかかることだったはず。そういうときのためにある暇つぶしのゲームなんてあるわけもないし、今までのについて整理するとしよう。忘れないためにも。


 まず第一に、この世界はファンタジーRPG「エクリプトマギカ」の中だ。俺がこよなく愛したゲームであり、救いがなさ過ぎるゲームとしても名高い。


 「救いがない」とはどういうことか。簡単だ。どんなエンディングにおいても、大体世界は滅ぶ。優しめのエンディングもいくつかあるが、それでも勇者――つまり主人公は死ぬ。プレイしていたときはそんなものバッドエンドでしかないだろ、と何回もキレたのを覚えている。


 唯一にして比較的まともなトゥルーエンドも中々酷いが、制作側の言い分としては「魔王倒せてるしいいじゃん」というものでファンからは呆れの声が上がった。

 そんなエクリプトマギカ――通称エクマギにおけるほぼ全てのエンディングの元凶である「魔王」がこの俺。名をエブディケート・ジスティア。 

 エクマギの主な舞台の一つであるエクレイド王国公爵家の三男だ。


 なぜゲームのキャラに転生したのかは分からない。

 まぁ、原因といえば画面に表示された「新規ストーリー:〈転生エクリプトマギカ〉を始めますか」というものしか心当たりがないのだが。


 閑話休題。そんなエディは、暴食の悪魔に唆され善性を捨ててしまう。本人は自由と公平を目指しているのに、全てが裏目に出てしまうのだ。

 そうして段々と闇堕ちしていき、たどり着いたのは魔王——すなわち魔を統べし王の座。人類を悪とし滅ぼし始めた。大義名分としては、人類が差別を生むなら平等に滅び去ればいいというもの。もはや正義を愛した男の見る影もない。


 しかしそうはならない。そもそもそうしないし、それをするがないのだから。


 ……そんな事を考えていると、視界に一筋の光が差し込んだ。時間だろうな。


 悪の心を捨て、それと引き換えに最強の力を手にして善人の道を強制的に歩む人生——あぁ、楽しみだ……!



 ◇



「いたたたっ……」


 先程は意識を失って倒れてしまった——しかも顔から——ため、鼻とか胸とかが痛い。しかしそれも微かなもので、すぐに痛みは完治する。


「まずは家に戻る事が最優先だ。セラに見つかったらどんなことになるか……」


 体勢を立て直し、そんなことを言いながら足早に家を出る。すると辺りは若干オレンジに染まり始めていた。


「嘘だろ、何時間寝てたんだよ俺……!? あ、そうだ……そろそろアレが使えるはず!」


 あるものを思い出し内心で安堵する。そのあるものとは――


転移テレポート!」


 門外不出かつ莫大な魔力を消費するためにこの世に使える者は一握りしかいないと言われる古代魔術、転移テレポート。今まで魔力が足りていなかった為使えなかったが、暴食の悪魔との契約により無限にすら等しい魔力を手に入れたことにより使えるようになったのだ。


 そんな魔術を使えばすぐに辺りの景色が一変し、自分の部屋へと移り変わる。


「セラはいないな……良かった」


 もしここでセラがいたら詰むところだったが、それは回避出来たようだ。その事実に胸をなでおろす。


 俺は外に出たために少し汚れた靴を清潔クリーンで綺麗にし、そそくさとベッドに潜り込んだ。

 すると、タイミングを見計らったようにノックの音が鳴る。


「エディ様。夕食のお時間でございます」

「分かった。今行く」


 すぐに靴を履き直し、扉を開ける。


 扉の前にいたセラは軽く一礼すると、無言で歩き始めた。別にそれは怒っているということではなく、話すことがないだけ。

 二人ともが沈黙したまま、階段を降りてダイニングへ入る。


 そこには七人の家族が机を囲み座っていた。


 ゲームには登場しなかったために初めて見る人もいて、少し呆然としてしまっていると母が声をかけてきた。


「あらエディ。もう身体は大丈夫なの?」

「もちろんですよ、お母様。どこも怪我はしておりませんから」

「それは良かったわ。ほら、もうお料理は出来上がってるわよ」


 母の言葉に素直に従い、いつも座っている席へつく。


「うむ、全員揃ったな。ではいただくとしよう」


 父の合図で皆が食べ始めた。

 日本人が作ったゲームながらも、「いただきます」のような文化はないし、俺もその文化を広める気はない。各々がマナーに従い食べるのみだ。


「そうだエディ。ジヴリナが寂しがってたぞ」

「ラメルデ兄様……からかうのはやめてくださいよ!」

「ははっ、ごめんよ。でも似たようなことは言ってたさ。身体に支障がないなら明日から再開できそうかな?」

「そうですね。それで問題ありません」

「分かった。ジヴリナに伝えておく」


 話しかけてきたのはラメルデと言い、ジスティア公爵家が次男だ。

 彼の顔は優しげだが内面は恐ろしく、武神の如き強さとそれに似合う性格をしている。ゲームでもかなり強キャラだったのを鮮明に覚えている。


 そして話に出てきたジヴリナとは、俺の魔術講師だ。この国にある最大の教育機関である王立高等学院の一年生で俺の一つ上、つまり十六歳だな。


 そんな彼女はガーリル伯爵家の令嬢で、普段は別の人が担当なのだが、学院が長期休暇になると俺に魔術を指導するためにやってくる。領地が近いという理由もあるし、なにより俺の許嫁でもあるからだ。

 

 どうやら昨日と今日は心配させてしまったらしい。


「ようは心配してたってことだろ? それはあたしも同じだよ!」

「アウラ姉様……ありがとうございます」


 活発な雰囲気を感じさせ、貴族らしからぬ口調で心配してくれたのは長女であるアウラだ。

 彼女は女性でありながらかなりの武闘派で、脳筋気質がある。大きな戦斧を獲物にして戦っていたはずだ。


 残念ながらゲーム内では見かけることはなかったのであまり彼女については知らない。エディが魔王への道を歩んでいる最中に処刑されていたのでなおさらだ。


「私も同じ……にいさま、心配した」

「ありがとう、シャフィ」


 次に話しかけてくれたのは年下の妹であるシャフィ。いつもぼーっとしている印象だが、時々話しかけてくれる。可愛い。シスコンになりそうなほどだ……というか、普通にこの子にはファンが多かった。


 皆と会話をしながら過ごす時間はあっという間なもので、食事も終わり部屋へ戻る時間となった。


 貴族だけが許される――別に庶民がやることが違法なわけではないが――湯浴みをゆっくり満喫し、今では現実となった家族のことを思いながら眠りに就いた。

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