第4話:深窓の令嬢

「ふわぁ……朝か。……やっぱり現実なんだな」


 現実だと思いながらも、心のどこかでは夢なのではないかという疑念があった。しかしそれは否定されたわけだ。というかここまで来て夢だったらもっと怖いね。


「今日は……確か魔術講師のジヴリナが来るんだっけ。呑気にだらだらしてられないな」


 今は夏。日本の夏ほど蒸し暑いわけではないが、それなりに暑い。

 さっさと着替えようとベッドを降りた瞬間、ノックの音が三回響いた。


「エディ様、朝でございます。もうお目覚めですか?」

「セラか。おはよう。もう起きてるよ」

「おはようございます。では失礼します」


 扉を開け、セラがそそくさと入ってくる。丁寧さを失わないギリギリの速度で閉めると、堅苦しかったセラの表情がいきなり緩んだ。


「エディ様、お着替えは私に任せてくださいね~♪」


 セラは満面の笑みを浮かべながら、ハンガーにかけてあった俺の私服を持ってきた。困惑している俺を化粧台の前に座らせると、ウキウキでパジャマを脱がし始めた。

 そこに映るのは、真っ白な髪の少年だった。前世の俺とは似つかない程に美しく、見事に整った顔立ち。その黒目は優しげであり、慈愛を感じる。

 もしこんな顔の少年に優しくされたら男でも惚れてしまいそうだ。


 それと同時に、これがであることを改めて認識する。本当にあの「エブディケート・ジスティア」なのだと。


 ……しかしゲーム内での髪色は漆黒だったはずだ。確か暴食の悪魔との契約によって黒く染まったんだっけか。闇落ちしてないから白のまま、か。なるほどね。


「ちょっ、何してんだよっ!?」

「えぇ~? 毎朝こうしてたじゃないですかぁ! 最近は抵抗することすらしなくなって半分寂しくて半分嬉しいって感じだったのに!」

「分かった、分かったから服を引っ張るのはやめてくれ!」

「はーい!」


 さっきまでのお硬いメイドはどこへ行ったのやら。目の前にいるのは俺の服を無理やり脱がす痴女メイドだ。ゲームでもこんなデレデレした雰囲気だったような気がしないんだが、何が原因なのかさっぱりだ。


「ほら、ボタンを外しますから手を上げてください」

「うん……」

「次は手を後ろに伸ばして脱がせられるように……」


 もはや俺は彼女の言いなりだ。危害を加える気がないと理解しているのだから抵抗する意味も……あまりない。


 内心興奮しているのは内緒だ――ゲ、ゲームのキャラが目の前にいるんだから仕方ないだろ!


「ふふっ、やっぱりエディ様はいいお身体してますよねっ」

「あんまりジロジロ見るな……」

「ごめんなさ~い! 次はズボンを……」

「そ、それはダメだ! 自分でやる!」

「えぇ~。ひどいです」

「そっちのほうが酷いよ! ほら、あっち向いて!」


 さすがの俺にだって恥じらいはあるんだぞ……?

 しかし待たせるのも悪いと思い、素早くズボンを履き替える。


「ほら、終わったぞ」

「じゃあ私の出番ですね。服を着させて――」

「もう自分でやったほうが早いと思う」

「ええぇ!?」


 目を丸くして驚くセラを無視してさっさと着替えを済ませた。


 その後食事のために下へ降りたのだが、セラは用事があるからということで、俺は一人で部屋に帰ってきた。

 

「この服が一応戦闘用なんだっけ? やっぱり魔王っぽくはないよなぁ……」


 用意と言っても、動きやすい服装へ着替えるくらいで他はない。強いて言えば水筒を用意することくらいだろうか。

 それにしても知らない――ゲームでは見たことがない――服だ。本当に私服なのだと感じることができる。


「さすがにステータスとかは……見れないよな」


 ゲームではステータスを見ることができたが、それは主人公の特権。HPとか攻撃力とか見れたら面白かったがそうもいかないらしい。会心率なんて現実じゃありえないし仕方ないな。


「エディ様、ジヴリナ嬢がお越しくださいました」

「すぐ行くよ」


 セラの呼びかけにより現実に引き戻されると、広い中庭の中で、隔離された訓練場へと向かう。


 そこには空を眺めている可憐な美少女が一人。


 薄紫ライラック色の長い髪が風に揺れている様は、まさに深窓の令嬢と言えよう。服装も動きやすそうなパンツスタイルなのに清楚感が際立っている。やはり画面越しで見るより何倍も美しい。


「おはようございます。ジヴリナ嬢。お待たせしてしまったでしょうか?」

「いえいえ、そんなことはございませんよ。それよりエブディケート様、ご機嫌いかがでしょうか? 突然倒れたと聞き及んでおりまして……」

「その件につきましては心配せずとも問題ありません。この通り元気ですから」

「それは良かったです……! では早速、訓練に入ってもよろしいですか?」

「はい。もちろんです」


 彼女は一応は部外者。そのため俺が「貧民街で倒れていた」のではなく、「体調不良で突然倒れた」ことになっている。だからなおさら心配されるのだろう。本当に優しいお嬢様だ。


「と、その前に……そろそろ口調、戻していいよね? エディに対して堅苦しい口調なの、なんだか変に感じちゃってさ……」


 ちょっと待て知らないぞ、あの気高き少女がエディ相手にこんなにデレてるのなんてさぁ!


 思わず動揺してしまった俺に対し、ジヴリナはさらに追撃を加えてくる。


「……あれ? どうしちゃった? もしかして、まだ体調悪いの?」


 そう言いながら近寄ると、手を俺の額へと伸ばした。

 顔との距離も非常に近いし、何よりいい匂いが漂ってくる。恐らく今の俺は赤面しているだろう。なんだか身体が熱くなってきた気がする……


「う~ん……ちょっと熱い気がするけど。大丈夫?」

「……う、うん。大丈夫だよ。心配かけてごめんね」

「ふふっ、なら良かった。安心したよ。エディは弟みたいな存在なんだし、お姉ちゃんに甘えてもいいんだよ?」


 なんとか冷静さを取り戻し、笑顔で返事をすることができた。

 よく頑張ったよ俺――と思ったのも束の間、またしても激しい追撃が飛んで来た。心臓の鼓動がどんどん早くなっていくのが分かる。

 清廉さが伝わってくるほどに綺麗で澄んだ声、そんなのを耳元で囁かれると……やばいっ……!


「お姉ちゃんだなんてそんな……!」

「い、嫌だったかな?」

「そんな嫌とかじゃなくって!」

「えへへ、冗談だよ。照れちゃって可愛いなぁ、エディは」


 あぁもうなんなんだよ! あの冷酷無慈悲な魔王ってこんな扱いされてたのか!? なんで闇落ちなんてするのか全くわからん……いや別に理由はよく知ってるけどもさぁ!


「お遊びはここまでにして、訓練を始めよっか。前回の続きからでいいかな?」

「うん。それでいいよ」


 ついに、強くなった俺を見せるときが来たようだ。どんな反応をするか楽しみだ……! 


 え、恥じらいを上手く隠すな? 知るか。

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