第2話:悪魔と魔王
現在俺がいるのは、ジスティア公爵領において最も繁栄しており、領地の中心である城塞都市「リガルレリア」。その中心にある屋敷だ。
公爵の屋敷ならば当然警備も厳重で、最後の砦としての役割を果たすためにここにも城塞が存在している。
そんな家の窓から飛び降りた俺の周りには、広大な荘園が広がっていた。緑が広がり、華やかな草花が生い茂っている。優しく風が吹き抜ければ、甘い花の匂いがほのかに香る。
しかし俺は魔術師。警備をくぐり抜けることなど造作もない……はずだ。それにこの家の住人だしな。エディの記憶もあるし、ゲームでの記憶もある。問題はないだろう。
「ちっ、裏口の近くにも警備がいるのか……」
そう警戒するも、今の俺は存在感が薄まっている。つまるところ近づいても――バレない。
「ふわぁ……あと何時間だっけ。てかそろそろ昼だな。警備におやつは必須だよな~」
少し眠たげな表情を浮かべ、警備の男は詰所へゆっくり歩き出した。
……おい、教育はどうなってるんだ教育は!
思わずツッコミたくなるが、俺にとっては
魔術で気絶させることもせず、そそくさと家の敷地を脱出する。
「……よし。ここまで来れば大丈夫だろう」
周りを見渡し、安全を確認して一息つく。
「ここからはスピード勝負だな。
クラウチングスタートの姿勢をとり、魔術を使って走り出す。
まだ
そして俺は、普通に走るより二倍は早いだろうスピードで市街地を駆け抜けていく。
少し視線を横に動かせば、ゲームで見慣れていたはずの景色が風のように流れていく。宿屋や商会の看板の文字も読めないほどだ。
十分は走っただろうか、さすがに少し疲れて来た頃からだんだんと家の見た目などが変わり始めた。
人通りも少なく、みすぼらしい格好の人しか見かけない。
――ここが貧民街なのだな、というのは直感で理解することができた。
さらにそこから走れば、数分もしないうちに昨日俺が倒れていたであろう場所へと到着した。セラの言っていた特徴と合致するから……というか、ゲームで見たことがあるのでこの場所には見覚えがあるのだ。
どこを見ても辺りは薄汚れていて少し暗い。自分で言うのもなんだが、公爵家の子息が来るような場所では絶対にないだろう。
「さて。ここに来たはいいけど……まずは悪魔を探さないといけないんだよな」
悪魔とは何か。
恐らくこの世界の人々は、悪魔と言えば同一の存在を思い出すだろうほどの有名な存在。伝説に残る事件の大半はその悪魔が引き起こしたとされる存在。
そいつに会わないことには始まらないのだ――エディの人生は。
「確か……ここらへんに……」
リアルな話になるが、ゲームでまだ使われていないキャラのモデルなどはプレイヤーが入れない場所などに置いてあることがある。しかしここは現実。物理的に入れない場所など存在しない。
俺は一軒の家の前で立ち止まった。
「ここだな。ふぅ……
一回深呼吸をして落ち着く。そして右足で床を蹴り、左足を強く踏み込む。身体を強化し、右の拳を突き出す――!
すると爆音とともに扉の木材が木っ端微塵になり、粉塵が舞った。
俺は辺りを一切気にすること無く、家の中へ進んでいく。
なぜそんなことをしたかと言えば、バグを利用し悪魔を見つけた人がSNSにいたのを思い出したので、もしかしたら――とやってみたのだ。 結果は大成功。
「悪魔……悪魔はどこだー?」
そんなことを言いながら呑気に家の中を歩いていく。他の人に聞かれたら狂人と思われるかもしれないがそんなものは気にしない。
棚の中、床の裏、屋根裏……と家の中をくまなく探索していたそのとき、突然脳内に声が聞こえた。
『貴様は……来訪者か。良いだろう、応じてやる』
暗く低い声でその言葉が聞こえた次の瞬間、強烈な目眩に襲われる。
「ははっ……ようやくお出ましか。待ってた……ぞ……」
そして意識は暗転する――
◇
『汝、なぜここに来た』
その声によって目が覚める。
辺りを見渡せばここは薄暗い密室だった。
明かりはどこからか差し込む月光のみでほとんど何も見えない。しかしここに出入り口などないことは知っている。
そして目の前には翼の生えた悪魔。その
――あぁ、見覚えがあるぞ。この部屋も、目の前の悪魔も。そしてこの状況は彼が見た景色そのままだ。
「俺は力が欲しい。何者にも行く手を阻まれない強大な力が」
ゲームでエディが言った言葉をなぞりつつ、俺の言葉に変換していく。
『汝、なぜ力を欲する』
「俺は全てを救う英雄になりたい。それが……この身体の主の願いだ」
しかし俺は
そしてもう一つ……魔王ルートに破滅の運命なんて絶対嫌! 自分がやるなら正義の道に英雄の運命がいい!
そんな思いを汲み取ったのかどうかは分からないが、目の前の悪魔――暴食の悪魔は首をかしげた。その仕草からは、もはやあどけなさを感じるがそれが演技であることを俺は知っている。
『くははっ! 全てを救う英雄と来たか。それで、何を代価に差し出す? 寿命か? 魔力か? そなたから近づいて来たのだから、我が何を望むかくらいは知っておるのだろう? それも相当なものを用意したはずだ』
「もちろんだ。俺が差し出す代価は――俺の悪性その全てだ」
俺は自信満々に言い放つ。
悪魔は目を見開き、口角を気味の悪いほどに上げた。
『貴様、本気でそれを
悪魔は慌てた表情になる。
ふむ、そんな表情はゲームにはなかったものだ。つまりこれは演技じゃないのだろう。
だってこいつは慌てるなんてことはしないからな。
「当たり前だ。さぁ、早く俺を喰らいたまえよクソ悪魔。俺は悪性の全てを差し出すと言っている」
『くっ……分かった。――どうなっても知らぬぞ?』
苦虫を噛み潰したような顔をすると、すぐに大きく口を開き俺を丸呑みにした。生暖かい感触がしたが、すぐにそれは消え去る。
立っていれば足に、寝転がれば身体に何かしらの感覚を感じるはずだが、それも一切感じない。浮遊感も閉塞感もない、俺はただの虚空へと
俺はここで生まれ変わるのだ。大いなる力をその身に宿して。
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