5年ものあいだ、辱めをうけた悪役令嬢は復讐を試みる

新 星緒

王宮の廊下を進む、悪役令嬢……

 こんな辱めはもうたくさんだわ。復讐してやる。


 固く決意をして、廊下を進む。

 自分が乙女ゲームの悪役令嬢だと気づいてから七年。フラグ折りに失敗して、王太子リオンの婚約者になってしまってから五年。


 ずいぶんと長い年月が過ぎたわ。特にこの五年は、辛かった。リオンは私の失敗を嘲笑うかのように、極悪非道な振る舞いをしてきたのだもの。まるで天使のような笑顔を保ちながら。

 でも、ついに私も成人になった。これからは、なにをやらかしても自分の責任よ。だからリオンに復讐をするの!


 と、壁に掛けられた薔薇の絵画が白く光ると、絵が消えた。魔導具テレービ。普段はただの絵画だけど、魔法で動画を受信、再生できる。でもおかしいわ。まだ魔放送時間ではないはずなのに、テレービが起動するなんて。


 軽快な音楽が流れ出し、画面にイケメン侍従が映る。

『国民の皆様、おはようございます。《王室ダイアリー》のお時間です。本日は先週お伝えしたとおりの《拡大版》。通常よりも早い開始となっています。ご視聴の準備は整っていらっしゃるでしょうか』


 そうだったわ! 


『それでは最初はこちら。本日五周年を迎えた、一番の人気コーナー、《王太子リオン殿下の、婚約者ミラ様に捧げる愛の手紙》です』


 なんてこと! 阻止したかったものが、始まってしまったわ!


 画面は天使のような微笑みを浮かべたリオンと、彼のそばに置かれた私の肖像画になった。

 私、走り出す。


『愛しいミラ』テレービからリオンの声が聞こえてくる。

『初めて会った日の君は

 意志の強そうな目、引き結ばれた口で

 絶対に僕と婚約なんてしないと言い張って、

 だけど王族に反抗するのが怖いのか、生まれたての子鹿のように震えていたね

 一目で恋に落ちてしまったよ』


 それは知らなかったー!

 嫌われようとがんばっていたことが全部裏目だったの?


 廊下にはいたるところにテレービがあって、リオンの語りがどこにいても耳に入る。これが、とんでもなく甘ったるい惚気なのよ! 聞いているこちらが消えたくなるほどの。私がいかに可愛くて素敵かを、ただただ語るだけのコーナー!


 これを五年間、週一でやられてきたわ。止める権限のない私は、ただひたすら耐えるしかなかった。とても辛かったわ。


 だけどみていなさい。

 今日は復讐してやるのよ!


 生魔放送中の撮影室に飛び込み、驚いているリオンの隣にすわる。

「皆様初めまして、ミラです。がっかりなさったでしょう? 肖像画とは違って私、全然可愛くないのです」

「君は世界一可愛いよ」

「皆様に真実を告げなければならないのはとても心苦しいのですが、殿下は、王太子としてはとても素晴らしいのですけど、女性を見る目がないのだけが欠点なのです!」


 手を取られて、チュッとキスをされる。


「優しいね、ミラ。君はいつだって心配りが素晴らしい」

 リオンはふい、とカメーラを見ると、

「国民の皆様、紹介します。僕の最愛の人、ミラ・シャロー公爵令嬢です」

 と言いながら、私の腰を抱き寄せた。


 どういう訳なのか、第一攻略対象であるはずのリオンは、出会ったその日から私を溺愛している。私が婚約を解消しようとすればするほど、愛が深まるみたい。


 でもそれもゲームが開始されるまでのはず。

 ――そう思っていたのに、開始してひと月もたつのに、なにも変わらないのよね。ヒロインにまったく興味を持たないの。


 でも、彼女はリオンを好きみたいだし、ゲームはまだ序盤。私が断罪される可能性はまだまだあるわ。

 婚約は解消したいし、なにより五年も辱められてきたのだもの、私は復讐をするのよ! この番組を使って!


「皆様」と視聴者に語りかける。「リオン殿下は聡明で快活で寛容で、これほどすべてにおいて完璧な方はほかにいないと思うのですが、私にだけ意地悪なのです。このコーナーは止めてほしいと、ずっとお願いしているのに一向に聞いてくれませんの」


 また手にチュッとされる。


「だって君への愛はまだまだ語り尽くせていないんだ」

「週に一回、五年も放送しているのに!?」

「うん」とリオンは甘ったるい笑みを浮かべる。


 ま、まずいわ、この流れは。でも負けない! 


「皆様」とカメーラに向かって話す。「私、先日成人しましたの。自分の責任で判断も行動もできる歳です」


 脳裏にリオンに出会ってからの七年が、走馬灯のようによみがえる。楽しいことがなかったと言ったら、嘘になるわ。……いえ、楽しいことだらけだったような気がしないでもないけれど。


「そこで、ここに宣言します。私ミラは、このコーナーが好きではありません」

 カメーラの向こうで魔放送に携わっている侍従たちがザワリとした。

「そして今日をもって、婚――」


 リオンが突然、キスをしてきた。

 かたく抱きしめられていて、逃げられない。

 抗議のために、背中を叩いてもダメ。


 ひどいわ、生魔放送で婚約解消を宣言しようと思っていたのに。これでは復讐ができないわ! 


 リオンのキスはいつだって甘ったるくてふわふわで、訳がわからなくなってしまうから、嫌いなのよ。それを生魔放送中にするだなんて。だからリオンを嫌いなの……。



 ◇◇



 ようやく開放されて、リオンの胸に倒れこむ。

 気分はふわふわ……

 このまま気持ち良すぎて眠ってしまいたい。

 だけど私の顔を、リオンがなぜだか向きを変える。


「魔放送、再開してくれ」


 魔放送……

 そんなものをしているのね……


 ん?

 違うわ!


 ハッと目を開く。見えたのはリオンの服の生地だけ。頭を上げようとしたら、すかさずリオンに押さえつけられた。


「国民の皆様、生魔放送を中断してすみません」とリオン。「そのあいだに僕たちは一層愛を深めていました」


 なっ!

 生魔放送でなんてことを言うのよー!!

 しかもなんで侍従たちが拍手をしているの!


「恥ずかしがりやのミラは、このコーナーを好きではありません。ですが説得をしたら、継続を認めてくれました」

 私、認めてなんていないわ! なのに、拍手が大きくなる。


「優しいミラに、尽きせぬ愛を」

 後頭部にチュッとキスをされる

「今日の手紙の朗読は次回に延期します。楽しみにしてくださっていた皆様、申し訳ありません。僕は腰の抜けてしまった可愛い彼女を介抱しなければならないので、ご了承ください」


 ひぃぃっ!

 なんて恥ずかしいことを平然と言うのよ!


「それでは、本日は内容を変更して『王太子リオンと最愛の婚約者ミラの愛の小部屋』をお送りしました。また来週!」


 カーーーーット!!


 と侍従の声が上がる。私の頭を押さえつけていた手が離れた。


「ごめんよ、ミラ。苦しかっただろう?」

 私はリオンをにらみつける。

「ひどいわ!」

「だって君のこんなに蕩けて色っぽい顔は放送できないよ。見ていいのは僕だけなんだ」

「そ、そんな顔はしていないわ」

「そう? もう一度、キスをする?」

「……遠慮するわ」


 そう答えたのに、唇の端にキスされた。


「ま、続きは僕の部屋に行ったらだ」

「行かないわ!」

「ダメだよ」


 リオンがにっこりとする。天使のように美しくて、みとれそうになってしまうけど、どこか黒いオーラがある。


「勝手に婚約解消宣言をしようとした罰だからね」

「だってリオンは、このコーナーを止めてほしいとお願いしているのに、全然聞いてくれないじゃない」

「仕方ないだろう? 君はなにかにつけて、婚約を解消しようとするじゃないか。僕にはもっと相応しい令嬢がいるとか、意味不明なことを言って」

「事実だもの」


 ふう、とリオンが深いため息をつく。


「なぜ僕の愛が伝わらないんだ……。君がそうだから、このコーナーを魔放送しているというのに」

「どういうこと?」


 コップの乗ったお盆を手に、近づいてきた侍従が

「殿下は国民全員を牽制しているのですよ。『ミラ・シャロー公爵令嬢は王太子の最愛の人だからな。とったらどうなるか、わかっているよな?』って」

「まさか」

 笑ってリオンを見たら、彼は真顔だった。


「その『まさか』だけど?」

「えぇっ! それなら私が婚約解消を諦めたら、コーナーを止めてくれるの?」

「そこは、迷うな」と、リオン。「羞恥に震えている君は、すごく可愛いくてそそる」

「そ……!?」

「まあ、いい」とにっこりリオン。

「よくないわ!」

「ああ、僕もよくない。これからたっぷりお仕置きをするからね」


 リオンは私を抱き上げ、立ち上がった。


「さ、僕の部屋に行こう。嬉しいなあ。君がついに成人したから――」

 リオンはフフッと意味ありげに笑って、続きを言わないまま歩きはじめた。


「降ろして! 部屋になんて行かないわ!」

 リオンが止まり、私の顔をのぞきこむ。


「だけどミラ、君は僕とのキスが好きだよね。本当は僕のことが大好きなくせに、なんでそんなにかたくななのかなぁ」

「……だって、あなたが最後に選ぶのは私ではないもの」

「そっか。じゃあ、しっかりわからせないとね」


 侍従たちが『婚約五周年、おめでとうございます!!』と拍手をしながら私たちを送り出す。

 廊下の魔テレービでは、国王夫妻が『王太子と婚約者はラブラブで微笑ましい』なんて言っている。


 私の復讐は失敗したし、外堀を埋められ過ぎている。

 もうアレコレ考えるのは、面倒だわ。それに―― 



 リオンとのキス。嫌いだけど、本当は好きでもあるの。

 もう一度くらいなら、してあげてもいいわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

5年ものあいだ、辱めをうけた悪役令嬢は復讐を試みる 新 星緒 @nbtv

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ