第51話 護ると誓ったそのときに②

******


「くそッ!」

 かんぬきのされた扉の内側、ディルが扉に拳をガンッと叩きつける。

 王の騎士がアーリアを押さえるのを代わっていたが、彼女は呆然自失のままだった。

「すまないディル、私が毒を奪われたばかりに」

 バークレイは頭を抱え、貴族たちも唸るだけ。

 ディルは額を扉にごつんとぶつけ、首を振る。

「違う、俺が踏み出せば間に合ったんだ。それなのに」

「落ち着けディル。アーリアを放すわけにはいかなかったろう。父上、このまま騎士にアーリアを任せてもいいでしょうか。おそらく外にいた騎士はブルードを先導したあとで戻ってきます。扉が開いたら俺とディルはブルードを追います」

 アスルトは淡々と言ったけれど、その表情は悔恨に歪んでいた。

「わかった。頼んだぞアスルト」

 王が頷くと、アスルトは項垂れたクーフェンに向き直る。

「クーフェン、ブルードの行き先に心当たりはないか?」

「わ、わかりません。リィゼリアに話したことくらいしか僕には」

「ならお前は扉が開き次第、侍女長を捕まえてブルードの部屋の棚を確認してくれ。第二王妃様が部屋に入れたのは侍女長が鍵を貸したからだろう。滋養強壮の棚にまだ毒があるかもしれない。侍女長ならどれかわかるはずだ。それと七番、三の五という数字に心当たりがある者は?」

 問い掛けたアスルトに、ディルがギリッと歯を食い縛ってから言った。

 気付いたのだ。自分にはある意味で馴染みある番号だという可能性に。

「下水道かもしれない」

「なに?」

「牡鹿が……あいつの懐刀タスクミエッカが襲ってきたとき、リィゼリアは下水の臭いがすると口にした。下水道で邪魔者を屠ることがあったってことだ。下水道は大規模調査が行われるまで殆ど調べられることがないから、隠れたり隠したりするのに向いている。七番区画の三の五は……この城の下なんだ」

「ほう。さすがだな、下水道の地図まで把握しているのかディル?」

「茶化さないでくれアスルト。いまは余裕がない」

「……」

 アスルトは困ったように眉尻を下げ、ディルの背中に向けてふうと息を吐く。

「俺だって余裕はない。目の前でリズを連れ去られたんだぞ、お前に顔向けできないだろう。だが落ち着いてよく考えろ。リズを助けるにはどうするべきか。下水道への入口はどこだ? 灯りは必要か? お前の剣は振り回せる広さか?」

 ディルは扉から額を離し、爪が手のひらに食い込むほど拳を握り締め、落ち着くためにふーっと息を吐いた。

「すまない。お前の言うとおりだな、アスルト。川に雨を流すための水路があるだろ? 下水道はさらにその下に造られているんだ。思いつくかぎり七番区画に近い入口はふたつ。俺が先導するよ。灯りもあれば助けになるけど、暗闇に目を慣らしておくほうがいいと思う。念のため松明は持っておく。広さは十分だ」

 声を震わせながら言うディルを見て、クーフェンが立ち上がった。

「……兄さん、僕も連れていってください」

「く、クーフェン殿下⁉ 危険です、下水など……」

 クーフェン派閥の貴族が驚いたように問い掛けると、クーフェンは彼らをジロリと見回した。

「僕はもう我慢するのをやめたと兄さんに預けた書状に記したはずだよ。国のなかで派閥を作っている場合じゃないんだ。まだブルードのはかりごとに手を貸すつもりなら斬り捨てる。知っていることがあるならいま話して」

「クーフェン……」

 いままでこうして発言したことが全くと言っていいほどなかった第二王子殿下の発言に貴族たちが目を丸くする。

 アスルトはどこか胸が熱くなるのを感じながら、それでも首を振った。

「駄目だ、お前を連れていくわけにはいかない。戦闘の可能性もあるからな。クーフェン、お前にはさっき言ったとおり毒の確保を頼みたい。俺とディルはリズを巻き込んでしまった責任があるんだ」

「なら、ひとつ言わせてください。僕は――僕はブルードの生死を問いません。どうか彼女を助けてください」

 クーフェンが泣きそうな顔で懇願すると、アスルトの耳に僅かな呟きが聞こえた。

「言われなくても助ける。俺が、絶対に」

「大丈夫だクーフェン。ディルが一番そう思っていることを忘れないでくれ」

 そのとき、扉が軋んで開け放たれた。


「皆さん! 無事、ですかッ……」


 肩で息をする牢番の騎士が廊下に立っていて、ディルはアスルトを振り返る。

 既に立ち上がっていたアスルトはディルに頷いて踏み出した。

「すみ、ません。自分は、自分では止められず……ふたりは通用口から出て、四つ目の角を左に、入ったように見えました」

「――ありがとう。クーフェン殿下を頼む」

 すれ違いざまに騎士の肩を叩き、ディルが言う。

 彼は目を白黒させたけれど、既に駆け出していたディルに向けて騎士の礼をした。

「ご武運をッ」


******


 牢番の騎士のお陰で入口はひとつに絞られた。

 ディルは走りながら城壁にあった火の灯っていない松明を掴んでベルトに挿し、アスルトが着いてきているか確認もせずにずんずん進んでいく。

「おいディル。焦るなよ? お前の足音でばれたらどうする」

「わかってる。わかってるけど、どうにもできない。お前がいなくなって焦っていたのと近い」

 ディルがきっぱり言うので、アスルトはその背を追いながら苦笑した。

 その台詞を聴いたらリズはどんな顔をするだろう、と。そう思う。

 同時に自分が動けなかったことを不甲斐なく感じる。

「すまなかったディル。お前が動けない以上、俺がなんとかするべきだったのに」

 だから謝ったのだが、ディルは鼻を鳴らして肩越しに返してきた。

「馬鹿言うな。アスルトが刺されでもしたらどうするんだよ。……言っただろ、リィゼリアは俺が護るって誓ったんだ。なのに、母さんに刺されたときも今回も俺は」

 思念の香りが聴こえなくとも、ディルは真っ直ぐだ。

 いったいどんな感情を言葉にしているかディルは理解していないのだろうなと考えながら、アスルトは夜空の月のような、白薔薇の花弁のような、白磁色の髪を脳裏に描く。

 無事でいてほしい。親友のためにも。

 

******


 その扉が開かれたとき、脳の奥まで刺激されるほどの硝煙が聴こえた。

 部屋になっているのか通路なのか、あちこちに木箱が堆く積まれていて先が見えない。

 けれど見える範囲には三人の男がいて、木箱の中身をゴソゴソと弄っている。

 驚いたことに彼らの服は『王国騎士』のものだ。

 まさかブルードに加担しているの?

 考えたけれど、私はかぶりを振った。


 いえ、違う。


 彼らから聴こえるのはブルードと同じ〈革命〉への願望。硝煙と土埃。

 この香りがするということは。

「ポーリアスの人間ね」

 思わず呟けばすぐ後ろでブルードが笑う。

「さすがだな『聴香師』。わかっているだろうが、お前には餌になってもらう」

「餌?」

「邪魔な第一王子殿下を釣るための餌だ。ついでに近衛騎士も巻き込めるだろう」

「……」

 ふたりは私を助けるために動く。

 つまりそこで彼らをどうにかするつもりなのだ。

 ブルードから聴こえる思念は変わらず〈革命〉を謳い、独特な硝煙の臭いがする。

 

 けれど、私は気が付いた。


 ここにいる偽者の騎士たちは鉱石メタルム戦争で町を爆発させて回った犯人たちに違いない。

 だとしたら、この木箱の中身はまさか……。


 「まさか、これ……火薬?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る