第28話 第一王妃の御心のまま④
そんなわけで焚火の後始末をして夕の鐘が鳴る頃に町に戻った私たちは馬車を借りた。
ちなみにディルが王国騎士の制服だったのでローブは返してある。
数個のランプを吊るした馬車は夜道も走れるそうだけれど、最近街道で何者かに襲われ、積荷を奪われたり怪我をする被害が多発しているらしい。
貸出業者がその情報を教えてくれたのは出発の準備をしているときだ。
明るい時間に発つほうがいいという助言のはずなのに、ディルとアスルトが目配せしたのを私は見逃さなかった。
なにより彼らの思念がなんとかしたいと告げている。
「私は戦えないから大人しく隠れているのでいい?」
ため息混じりに言うとディルが笑った。
「すまない。見過ごすわけにもいかないしな。数人くらいならアスルトも中にいてくれ」
「ああ。帯剣はしているがこの服だと動きにくい。悪いが任せる」
そういえばアスルトの服、ローブの下はかなり質のいいお貴族様仕様だったわね。
バークレイ医師のところで着替えたのではと思っていたけれど、上に羽織っただけらしい。
ぼんやり考えていると、ディルが早速御車台に飛び乗った。
「それじゃ早く行こう。昼食も食べていないし、食糧は調達しないとな。朝までには王都に着いておきたいだろ?」
「随分とやる気のようだけど大丈夫かしら」
思わず呟くと、聞いていたのかアスルトがくすくすと笑う。
「リズにいいところを見せたいんだろう」
「そういうのは遠慮させていただきますわ?」
さらっと返すと、彼は双眸を瞬いた。
ディルは馬を撫でるのに夢中なのか聞こえていないようだ。
「意外だな。ああ見えてあいつは優良物件だと思うが」
「優良でも不良でも構いません。ご依頼を解決したのちに相応の報酬を頂戴できればそれで」
「あっはは。夢のためにだな。では行こうかリズ」
どこか楽しそうなアスルトが荷台の横で手を差し出す。
こちらはこちらで、どうして貴族はこういうのが好きなのだろうと思ったけれど、そういえば彼は貴族どころか王族だったわね。
私、不敬罪になるのではないかしら。
考えてしまったがゆえに身震いして、私はぶんぶんと首を振った。
「私は貴方付きの侍女です。そのようなご対応もどうぞお控えください」
「そうだったな。なるほど、それもいいか。正式に雇おう」
「ちょっとアスルト、これ以上私に不敬罪を重ねさせないでほしいわ」
「なら俺の行動にもそう目くじらを立てないでほしいな」
思わず言うと彼は笑いながら私の手を引いて馬車に乗せ、自分も軽やかに入ってきて隣に座る。
「いいぞディル。出してくれ」
荷台と御車台は可動式のガラス窓でやり取りができるようになっていて、ディルが肩越しに頷くのが見えた。
彼は後ろ手ですぐに窓を閉めたけれど、そういえば寒いのではないかしら。
馬車がギシギシときしんで動き出したところで私はコンと窓を叩いて開け、自分の外套を差し出した。
「ディル、風邪ひくわ。中は温かいからこれも掛けて」
「おう、ありがとう。でも松明を焚くから俺は大丈夫だ。あんたが着ていてくれるか? 煙臭くなるし、戦闘中に汚したくないしな」
「なら多少汚してしまうのもいいかもしれないわね。これ、バークレイ医師に貸していただいたものなの。彼は貴方たちへの懺悔でいっぱいだった。汚れと一緒に水に流してしまうのはどう?」
バークレイ医師もふたりを取り換えたのだと思うと話したとき、彼らから負の感情は聴こえなかった。
きっとふたりは彼を糾弾したりしない。だから、彼にそれが伝わればいいと思ったの。
「ははっ、いい案かもな。でも先生にはあんたを助けてもらったから、それでお釣りがくる。俺が馬鹿みたいに庭園で待ちぼうけしているあいだにさ」
ふわりと聴こえたのは〈後悔〉と〈情けない〉という自分への叱咤。
私は苦笑して、少し考えてから告げた。
「ディルじゃないとわかっていて鍵を開けたわ。約束を守らなかったのは私。ディルが気に病むことはないから。それじゃこれは私が膝掛けにでもしておく」
「ああ」
「閉めるわね」
「リィゼリア」
「はい?」
「ありがとな、先生のこと考えてくれて」
肩越しに私を見詰める優しい瞳。
このひとはどうしてこう、私の思念を聴いたような返しをしてくるのだろう。
「貴方、いい聴香師になれるかもしれなわ」
笑うと、ディルが前を向いて微笑んだ気配を感じた。
******
(アスルト、大丈夫なの⁉ かなりの人数がいる気がするわ、思念が入り混じっているもの!)
叫び出したいくらいには緊張していたけれど、囁き声で言う。
町を出てしばらく進み夜も更けた頃、盗賊に襲われたのである。
(この程度ならディルがなんとかする)
しかしアスルトときたら、優雅に足を組んで微笑んだ。
馬車の外では剣戟の音が響き、怒声が上がっていた。
(仮にも俺の近衛騎士だからな。王国騎士のなかでも花形、実力は一番上だ)
(近衛騎士ってそれほどのものなの? いえ、彼が強いだろうとは思っていたけれど)
(あいつは特別だ。父上の親衛部隊は別に組織されているが、おそらく彼らより上だぞ)
(ええ?)
(忖度なしにあいつは実力ですべてを勝ち取った。それでいてあの性格だ。王国騎士からの信頼も厚い)
そういえばお城に来た初日、ディルは注目の的だった。
綺麗な顔立ちだし女性からの熱い視線かと思っていたけれど、なるほど、王国騎士たちの羨望の眼差しもあったのね。
考えつつも心配でそっと窓から外を窺うと、夜闇のなかを一陣の紅い風が吹き抜けた。
剣のことはよく知らないけれど、なんというか洗練された検捌きに息を呑む。
揺らぐことのない切っ先が空気を斬り裂いて盗賊の喉元に突き付けられると、一瞬だけ時間が止まったように見えた。
すごい。
命を奪うつもりはないのだろう。へたりこんだそいつに石突きを叩き込んで昏倒させ、ディルは凜とした声を放った。
「お前たちは運がいい。全員捕まえたいところだが急いでいるんだ。もしここで活動を続けるなら覚悟しておいてくれ。王国騎士が数日中に首を取りに来るぞ」
「くそ、王国騎士がなんだってこんなところに! 舐めやがって、その首刎ねてやる!」
「馬鹿ッ、よく見ろあの色! 近衛騎士だ!」
「はあ⁉ なんで――おいまさかこの馬車に乗っているのは」
「退け! 早く退けッ!」
(ああ、気付いたな。さすがに王族相手は危険だと察したようだ。もう少しディルにいい格好をさせてやりたかったが)
アスルトがにやりと笑みを浮かべるけれど、どういうこと? どうしてディルが近衛だとわかったのかしら。
私が眉をひそめると彼はどこか楽しそうに続けた。
(ディルの制服は俺仕様だ。ちなみに俺付き侍女の制服もディルと対になる仕様にしてある)
(あの制服も? ほかの侍女も見かけたような気がするけれど全然気が付かなかったわ)
(なんだ、もう着たのか? 白薔薇の花弁に似たリズの髪色なら映えそうだな)
(ディルもそんなこと言っていたけれど、残念ながら肩を刺されたときに着ていて、いまはバークレイ医師の家にあると思う)
(ふむ、では防刃性能も足しておこう。本当は侍女を持つつもりがなかったんだが、周りが煩くてな。制服を作れば雇うだろうとでも思ったのか好みを聞かれ、せっかくだからディルの服も作らせたんだ)
(刺されるような侍女になるひとはいないと思うけれど……)
(リズがいる。ディルと対なのも俺としては歓迎するぞ。個人的な誓いを受けたんだろう?)
(どうしてそれを……って、ディルが報告したに決まっているわね。真っ直ぐなのも本当に考えものだわ)
(それは同意する。俺としてもあの無神経な鈍感さで涙したご令嬢をこれ以上見たくはないんだ。ああ、ちなみにあいつを擁護するが、勝手に寄ってきて玉砕したご令嬢ばかりだ。あいつから動いたことはない)
(ご令嬢に同情するわ)
コソコソと話していると、扉がばぁんと勢いよく開かれた。
思わず身を竦めるとディルの弾んだ声がする。
「終わったぞ。戻ったら隊を編成して捜索させよう、思ったより規模が大きいみたいだしな」
馨しきは〈充足感〉と〈期待〉。〈安堵〉と〈自己肯定感〉。白薔薇に僅かに混ざる鉄が最後にふわりと香って消える。
褒められるのを待っている犬みたいな思念だ。
「ああ。さすがだなディル。こちらもやることができた。リズの服を新調する」
「ちょっと待ってアスルト。制服は別に必要ないわ?」
「それいいな。だとしたら防刃仕様にしてくれないか?」
「だから、刺されるような侍女になるひとはいないわよ!」
「あんたがいるだろ?」
「だ か らッ――ああもう、なんなの貴方たち!」
ディルひとりでも持て余していたというのに、アスルトが合流してから振り回されている気がする。
彼らは揃って笑い声を上げ、私たちは再び王都に向けて出発した。
どんな服がいいか窓越しに話し合うふたりを余所に、私はいつの間にか眠ってしまっていたけれど。
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