第27話 第一王妃の御心のまま③
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昼頃にバークレイ医師の家へ辿り着いたのだけど、彼は留守だった。
アスルト曰く五日ごとに登城しているそうなので今日はこのあたりにいるはずだ。
「それでリズ。なにがわかったんだ?」
仕方なく軒先に座り込むとアスルトが聞くので、私は軽く首を傾げた。
「わかったというか、確信があるわけではないけれど。バークレイ医師もふたりを取り換えたのだと思う」
「なんだって?」
キリリとした目を眇めて聞き返すアスルトに、ディルが難しい顔をする。
「アスルトとリィゼリアの話を聞いた限り、母さんと先生が共謀しているわけじゃなさそうだった。だとしたらそれ……」
「ええ。さっきも言ったでしょう? ディルはディルのまま、アスルトはアスルトのままかもしれないって」
「ふむ。それこそ俺は自分が嫌になる」
苦い笑みを浮かべて俯くアスルトから一瞬だけ絶望に似た〈嫌悪〉が聴こえる。
アーリアさんはアスルトを自分の子供と思って接してきた。だというのに本当はディルが実の子だということだもの。
アスルトからすればいたたまれないだろう。
彼のせいではなくバークレイ医師とアーリアさんそれぞれの責任で罪だと指摘することはできるけれど、はたしてそれで彼の気持ちが軽くなるかといえば違うわね。
なにより、ディルは?
そっと窺うと、彼はこちらに背を向けて晴れた空を振り仰いでいた。
いま思念の香りを聴けばわかるだろうけれど、それはしたくない。
私が黙っているとディルはそのまま話し出した。
「俺が本当の子でも母さんはアスルトを大切にしたさ。それが代々王に仕える俺たちの立場だから。いまと変わらないってことだろ? それでいいんだと思う。父さんもそうだったしさ」
その言葉にアスルトが瞼を閉じて押し黙る。
私は気になってディルに聞き返した。
「ディルのお父様、そういえばどうされているの? 現王の側近ということよね?」
「ああ。正確には側近
「え……。そんな、貴方ひと言も……いえ、ごめんなさい。踏み込んでいいものではないわね」
「ははっ、気にしないでくれ。話すことでもないかなって思っただけで隠したわけじゃないんだ。あの戦争を収めたことは話したよな? 俺とアスルトで首謀者をポーリアス王国に引き渡し鉱石も返却したけど、首謀者は牡鹿と同じで切り捨てられただけ。ポーリアス王国はハルティオン王国の正式な謝罪を要求してきたんだ。だけど国が――王が頭を垂れるわけにはいかない。だから父さんは王のために自分の首を差し出した」
「――ッ!」
言葉にならなかった。
そんな恐ろしいこと考えてもみなかったし、なによりディルがそれを背負っていたことに衝撃を受けたから。
そんな素振り一度も見せなかったもの。それどころか思念は真っ直ぐで純粋なままだった。
すると、ディルは肩越しに私を見て柔らかく微笑んだ。
「そんな顔しないでくれ。俺は大丈夫だからさ」
どうすれば彼のように純粋な気持ちを貫けるのだろう。
ディルは心変わりしないと言うけれど、本当にそれができるってこと?
「ねえ、ディル。いま貴方の思念を聴いてもいい?」
「ん? うん……新しい反応だな。勿論構わない。あんたには俺の本心が変わらないことを知っていてもらわないとだしな」
私はおどける彼に応えずそっと息を吸った。
馨しきは〈一抹の寂しさ〉と〈忠誠〉、〈護りたい〉という強い思い。純粋に花を愛でるような〈好意〉と〈信頼〉。
ああ。本当に、なんて馨しいのだろう。
寂しくはあってもアスルトへの忠誠は変わらず、国や民を護ろうとする香り。
胸が締め付けられるように苦しいのは、彼を利用する自分があまりに汚く思えるからか。
これだけ聴いても、彼を信じない自分が。
「どうだ? 大丈夫だったろ?」
「ええ」
私は頷きを返し、膝を抱えて顔を埋める。
「ごめんなさい、なんだか疲れたみたい。少し眠ってもいいかしら」
本当に眠いわけではないけれど、いまはディルの顔を見ることができない。
「大丈夫かリズ? 顔色がよくないな。ディルは火を起こせ。俺はバークレイがそのあたりにいないか見てくる」
「わかった。あんまり遠くまで行くなよアスルト」
アスルトがすぐに言って踵を返し、ディルは彼が離れるのを見送ってから私の前に膝を突く。
「すまない、気分のいい話じゃなかったよな。すぐ火を起こすからこれで少し温まっていてくれ」
そう言ってふわりと肩に掛けられたのは、どうやら彼のローブらしい。
思念だけではない彼の香りがする。太陽と緑の生き生きとした香りだった。
******
「バークレイの馬がいない。もしかしたら城に向かったかもしれないぞ」
どのくらい経ったのか、気持ちを落ち着かせた頃にアスルトが戻ってきた。
私が顔を上げると、ディルが裏の倉庫から出してきたという薪を焚火にくべて首を傾げる。
「どういうことだ? 五日ごとならまだ先だろ?」
「わからないが、ほかに馬に乗っていくような場所に心当たりがないだろう。リズ、なにか聞いていないか?」
「いえ、特には。それならバークレイ医師を捕まえるのはあとにして、まずは第一王妃様の件を進めましょう」
「俺たちも城に戻るってことだな。リィゼリア、具合はもういいのか?」
「ええ、ありがとう。落ち着いたわ」
大丈夫。いまはもう顔も見られるわね。
私はほっとしながらディルに頷いてみせた。
ところが、である。
立ち上がって肩のローブを差し出すと、彼は「そのまま羽織っていてくれ」と言う。
そういう行動をされると胸がチクチクするというのに。
「本当にもう平気よ、貴方が風邪をひいたら困るし」
「あんたの鼻が詰まったらどうするんだよ、もっと困るだろ」
「鼻詰まりを心配されるのは想定外よ。貴方って本当に鈍感無神経」
思わず本音が口をついて飛び出したけれど、不可抗力だ。
身構えたのが馬鹿みたいだと考えながら、私はディルのローブを羽織って肩を震わせるアスルトを一瞥した。
「アスルト、笑っていないでディルを叱ってくれる? それで、どうやって王都に戻るの? 馬を借りる?」
「ふはっ、あっはは。すまないな、傍目で見ているとこうも面白いものかと微笑ましく思っていたところだ。そうだな、馬車でも借りてしまおう。馬より多少時間は掛かるが温かいだろうから。どちらも風邪をひかずに済むぞ」
顔をくしゃくしゃにして笑う姿は好青年で、王子とは思えないほど親近感が沸く。
その眼福な光景に免じて「性格が悪い」と思ったことは言わないであげましょう。
私は「?」で顔をいっぱいにしているディルに背を向けた。
「行きましょう、日が暮れるわ」
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