第26話 第一王妃の御心のまま②


 話を終えたアスルトが私に向けて小さく頷く。


 そうね、次は私の番。

 アスルトには話し終えているけれど、ディルは知らないままだもの。


 私はディルに向き直った。

「ディル、一昨日の夜に貴方は『アスルトがディルを呼んでいる』と言われて庭園に行ったわね」

「え? ああ。母さんに言われた。結局なにもなくてブルードの罠だったんじゃないかと――あれ? あんた、なんでそれを」

「貴方が庭園にいるあいだに訪ねてきたのは貴方の……いいえ、アーリアさんだったの」

「母さんが?」

「彼女とアスルトの思念から、私は貴方とアスルトが取り換えられたのではと疑っていた。そこでそれを指摘したわ。アスルトが失踪した原因が彼女にあると糾弾も。それでこの怪我よ」

「そんな。待ってくれ、あんたの傷は刺し傷だった。じゃあ、刺したのは」

「ええ。アーリアさんよ。助けてくれたのはバークレイ医師だけれど、どういうわけか眠らされて目覚めたら彼の家だったわ。彼は貴方たちふたりに選王の儀を行ったと言っていて、結果を知っているのは自分とアーリアさんだけだと話した。動揺していた彼女から話は聞けなかったとも」

 そこで私はふと言葉を紡ぐのを止めた。


 なにか、いま、違和感が頭の奥に過ったような。

 そういえばバークレイ医師の話を聞いたときにも靄が掛かったような気持ちの悪さを感じた気がする。


「リズ、どうした?」

 眉をひそめた私にアスルトが聞いてくる。


「いえ、なにか変な感じが……」

 バークレイ医師はなにを話してくれた?

 私を眠らせたとき、彼はアーリアさんと私の会話を聞いたはずで。

 私とディルが悪いのだと罵られ、私は『ディルは悪くないわ。アスルト殿下を見つけられず第二王子殿下の派閥が動いたらどうするつもり? 戦争に巻き込まれると貴女も言っていたのに』と返した。

 当然、バークレイ医師はアスルトから『アーリアが本当の母だと言ってきた』と聞いたあとだから、入れ換え子であると話題に上がっていなくても問題はない。

 だけど。


「……ねえアスルト。アスルトの話に彼はこう返したのよね? 『どうしてそれを。一体誰から聞いたのですか』」

「ああそうだ」

 それは変よね。まるでふたりが取り換えられたことを先に知っていたような口振りではないかしら?

 アーリアさんと共謀していたのなら、そもそも驚くことはないでしょうし。

 それにバークレイ医師はこうも言っていた。

 成長していくディルとアスルトに耐えられなくなって王城の暮らしから身を退き、この地に移り住んだのだ、と――。

 勿論、嘘は言っていなかったはず。そんな思念は聴こえなかったから。

「ねえ、選王の儀をふたりに施したくらいで貴方たちの成長に耐えられなくなるものかしら?」

 最初は弱々しかったとしても成長する姿を見られるのなら嬉しいものではないだろうか。


 アスルトの話も、彼に聞かれた私とアーリアさんの会話も、アーリアさんが自分の手でふたりを取り換えたことに触れていない。

 そしてバークレイ医師はアーリアさん本人とも話せていない。

 それでも彼はアスルトとディルが取り換えられたことを知っていて、〈懺悔〉の気持ちを滲ませていた。


 ああ、もしかしてそういうこと・・・・・・なの?


 私はアーリアさんがふたりを取り換えた前提でバークレイ医師と話していたけれど、バークレイ医師の前提はそもそも違ったのではないだろうか。

 彼の『母親とはすごいものだね』という言葉が指すのは私の思っていたものではなく、自身の子供を見分けたことに対する賞賛だったとしたら。


「私、とんだ勘違いをしていたようね」


 口にするとディルが眉根を寄せた。

「どういうことだ?」

「もしかしたら、ディルはディルで、アスルトはアスルトのままかもしれないってことよ。バークレイ医師に会いに行くわ。ふたりも来て頂戴」


 もしこの仮定が正しかったとして。すべてを綺麗に終わらせるにはあとひとつ。

 アスルトとディルが関所を護るための材料がいる。


 アスルトはディルに証拠がないと言っていたけれど、第一王妃様の思念が残っていたなら。

「ねえアスルト。頼みがあるの。私を――第一王妃様の私室に入らせてもらえないかしら」

 その言葉に肩を跳ねさせたのはディルだ。

「リィゼリア! あんたまさか第一王妃様の思念を聴くつもりか?」

「ええ、そのまさかよ。ここまできたんだもの、残り香ひとつ残さない」

「いいのか、それで。母上の件に踏み込めば今度こそ君の命が脅かされるかもしれないぞ」

 アスルトが静かに問うけれど、私は頷いてみせる。

「ディル。アスルトと私がいるのなら両方を護ってみせると言った貴方は本気だった。香りは嘘をつかないもの、信じるわ。報酬も載せてもらうから覚悟して」

 言い切ると、ディルは一瞬だけ息を呑み、次いで思い切り不敵に笑ってくれた。

 馨しきは〈自信〉と〈歓喜〉。白薔薇とそれに混ざる僅かな鉄。

 そして――私への強い〈好意〉。

「ああ……ああ! 任せろ、絶対に護ってみせる。ははっ、あんたやっぱり想像以上だ!」

 一昨日より、昨日より、今日。強く香るその思念は心地よく、だけど私の心をざわつかせる。

 彼を信じる気持ちは本物だけれど、同時に不安も膨らんでいくとわかっているから。


 だから私は思いを寄せず、ただ彼を利用するのだ。

 いつか彼の思念が変わってしまっても、傷付かなくていいように。

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