第20話 思惑まじわる愚者の懺悔③
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「一般には知られていないけれど、王族は産まれて十日ほどのあいだに『
小さな机に並べられたのはパンやスープ、鮭に調味料を振って寝かせたもの、
半日眠っていたのだからお腹も空くというものだ。
私はありがたく頂戴することにして、彼の話から真意を探ることにする。
「その儀式は簡単に言えば健康診断でね。私が執り行ったのだけれど、殿下はあまりにも弱々しく成長に不安を感じるほどだった」
◇◇◇
勿論、そのときに弱々しくとも、のちに強く育つ場合もある。
けれど、もしこのまま殿下が亡くなるようなことがあったなら。
私は畏れたよ。
初めて出産の手助けをした結果うまく育つことができなかったのなら、原因は私ではないかと不安を感じたのだ。
そこで殿下と日を置かず誕生した赤子にも儀式を行った。
隣に並べても双子のように似ていたから、魔が差してしまってね。
歓迎すべきか否か。彼は強く、すべてにおいて華々しい命を持っていた。
この結果を知るものは私と乳母である彼女だけ。
あとは知ってのとおりだよ。
私は成長していく彼らに耐えられなくなって王城の暮らしから身を退き、この地に移り住んだのだ。
当のふたりは元気に育っているが……ずっと申し訳なかった。
◇◇◇
そこで言葉を切って、バークレイ医師は私を見つめる。
つまり、バークレイ医師は殿下になにかあればその
それを知っていたディルの母親は自ら赤子を取り替えた。
なにか靄が掛かっているような気持ちの悪い感じがしたけれど、続いた言葉に私は意識を引き戻される。
「君は『聴香師』ではないかな? そうだとしたら、ひとつ頼まれてほしい」
「私をご存知なのですか?」
「
「ディルとアスルト殿下が私の話を。それなら聞かないわけにもいきませんね。依頼内容をお伺いしても?」
「とある人物を捜してほしい。君なら見つけられるだろう。そして彼を助けてほしいんだ」
「助ける?」
「そう。勿論、報酬はお出ししよう。私はこの先、彼らの幸せを奪ってしまった罪を白日の下に晒すことになろうから。動けるうちにやれることをやっておかなくてはね」
馨しきは〈慈愛〉と〈後悔〉、〈懺悔〉と〈希望〉。そしてやはり
ああ、このひとが捜してほしいのはきっと。
私は瞼を伏せ、頷いた。
「捜してほしいのはアスルト殿下ですね? けれど、既にここにいらっしゃったのではないですか?」
口にするとバークレイ医師は目尻に皺を寄せて笑った。
「さすがだね、素晴らしい。確かに捜してほしいのはあの子だ。けれど、自分が王子ではないと知って混乱していたあの子を私がここに連れてきただけで、自ら訪ねてくれたわけじゃなくてね。私は謝るしかできなかったんだが、翌日には迷惑をかけたくないから出ていくと置き手紙があったのだよ」
「……そういえばディルが言っていました。先生が巻き込まれるような案件ならアスルト殿下は行かないはずだって」
「ふ、本当にディルはよくわかっているのだね。あの子が城に戻っていることを期待していたが戻っていないとなると、どんな形であれ真実を知らしめようと動くだろう。私はその手助けがしたい。私の罪を背負わせてなにを言っているのかと問われれば、そのとおりだけれど」
アスルト殿下はディルを王子として知らしめたい、そう考えているのか。
けれどバークレイ医師が罪を告白したとしても、ディルを王子として見てくれるひとがどれほどいるだろう。
なにか劇的な演出でもない限り、第二王子殿下が王位継承なんてことになりかねないのでは。
そもそも王だって、実は本当の息子はディルでしたなんて言われても困惑するだけじゃないかしら。
大体、二週間後の軍務会議に第一王妃様も第一王子殿下もいなかったら、その時点で国が危うくなってしまう。
私はひとつため息を溢してバークレイ医師を見据えた。
「ディルとから依頼を請けたのです。アスルト殿下を見つけてほしいと。ですから、このご依頼はその延長であり、アスルト殿下の思想に私が添えるかは即答できかねます。それでもよろしいでしょうか?」
ディルが真実を知ったら、どれほど傷付くだろう。
そう思うと、暴くべきではない秘密のようにも思えてしまう。
なにより戦争になどなろうものなら、その責任を負うのはディルとアスルト殿下の可能性だってある。
ディルはどうしているかしら――。
きっと私を心配しているわね。
私の肩から零れた血痕が片付けてあればいいけれど。
もしディルが気付いたなら、真っ直ぐな彼のこと。私を全力で捜してくれているでしょうし。
けれどこの話を私からすべきではない。そう思う。
だから、ごめんなさいディル。
しばらくは勝手に動くことにするわ。
胸のなかで謝っても、痛みはあったけれど。
私は水をひとくち飲み下し、口元を拭って立ち上がった。
「とても美味しかったですわ。ご馳走様でした。では手始めに近くの宿場町でアスルト殿下が行きそうな場所があれば教えてくださるかしら。それと置き手紙が残っていたら貸してくださいませ。あとは、その。服を替えたいのですが」
医療用のローブといっても露出が多いわけではない。
けれどこのまま出歩くのは気が引ける。
バークレイ医師は私の言葉に驚いたように立ち上がると、申し訳なさそうに頭を下げてくれた。
「そうだったね、すまなかった。ここでは診察や処置をするから念のため女性ものの服も用意がある。好きなのを着ていってくれるかな。侍女の制服では動きにくかろう? 先立つものもそう多くはないが用意しよう、治療もあるとはいえ勝手に連れてきたのは私の身勝手なのだからね」
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