第8話 第二王子の懐刀
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昼の鐘が高らかに鳴った頃、私とディルは第一王子アスルト殿下の私室で状況の整理を続けていた。
そもそも、私が知っておかなければならないことが多かったのもある。
踏み込むと決めた以上、情報は必要だ。
私たちの住む『ハルティオン王国』は大陸の北部に位置していて、国土の大半は森林と湖になっている。
さらに北にある山岳の国『ポーリアス王国』とは貿易も行っているけれど、歴史上、度々衝突も起きていた。
ハルティオンは農作物や畜産物を貿易の軸とし、ポーリアスは鉱石やその加工品が軸。
互いに益あるが故に、互いを自国の一部としたい動きが耐えないのだ。
ディルはそう説明してから続けた。
「そんななかで起きたのが
私はディルの言葉に僅かな疼きをおぼえた。
その戦争を知っていたからだ。
「内情はともかく、その戦争なら知っているわ。戦いの舞台は国境に面した関所と周辺の町。ポーリアスは民間人に成り済まして関所を通過し、鉱石採掘用の火薬で近隣を手当たり次第に吹き飛ばした。たったの半年というけれど、相当な被害を被ったでしょう?」
「うん……そのとおりだ。すまない、言い方が悪かった」
「まあ、貴方が終わらせてくれたのならよしとして。第二王子派閥はどうしてそんなことを? 自国を落とさせては意味がないでしょうに」
「それがどうも違うみたいでさ。第二王子派閥はポーリアスに国を明け渡そうとしてるように感じるんだ」
「ええ?」
「ここからは本当に内密な話だけど、第一王妃様が先日亡くなられているんだ。たぶん……毒殺。母さんが言っていたアスルトが食事をしていなかった原因だな。まだ公表していないのは二週間後の軍務会議のためなんだ」
軍務会議ではポーリアス国境付近の警備についても話し合うけれど、第二王子派閥はそこに懇意の騎士を配備しようとしているらしい。
それを断固阻止してきたのが第一王妃様とアスルト殿下。
聞けば、第一王妃様への支持は厚く、第二王子派閥にも第一王妃様への恩や信頼から過度に動かないお偉方がいるそうだ。
そのお偉方が第一王妃様の訃報を知ったなら。
「第二王妃様がポーリアスの姫君なのは知ってるか? つまり第二王子殿下はポーリアス王家の血も引いているんだ。しかも、いまポーリアスでは王位継承の内紛が起きているらしい。もしかしたら第二王子派閥はポーリアスもハルティオンも手中に収めようとしているんじゃないかな」
「なるほど……それで革命なんて言葉が出てくるわけね?」
「たぶん、な。関所を含め国境付近に第二王子派閥の騎士を置かれて、万が一にも反旗を翻されたら――この国は戦争まっしぐらだ」
「たしかに。関所をポーリアスに押さえられたのと変わらないものね。
ディルは私の言葉に頷くと机に腕を突いて両手を摺り合わせた。
「そういうこと。そんなときにあいつが……アスルトがいなくなった。まさか連れ去られたんじゃないか、そう思ったけどその痕跡すらない。俺が傍にいる時間に拉致されるなんてあり得ないし、あんたが聴いてくれた思念からも自分で失踪したとしか考えられなくて」
「そうね。アスルト殿下は酷く混乱状態のようだけれど、良くも悪くも貴方の香りも聴こえたから、なにか貴方に対して思うところがあったはず。――ところで、貴方なら消えてしまいたいときにどこに行く?」
聞くと、手元に視線を落としていたディルが顔を上げた。
「うん?」
「師匠が言っていたの。『失せ者捜しで行き詰まったなら、消えたくなったときに思い浮かべる場所を訪ねてみなさい』ってね。失踪する人たちの大半は自分の存在に揺らぎを憶えるものだから」
「へえ、なるほど。あんたの師匠ってすごいな」
「実際にすごかった。ひとの心をよく理解していたと思う。私よりはるかにすぐれた『聴香師』ね」
あのひとだったらアスルト殿下のこともサラリと捜し出していたかもしれない。
私を救い、すべてを教えてくれた恩人。
私の元からは去ってしまったけれど、生きる術や店を残してくれた。
ポーリアスと戦争になってしまったら師匠はどう思うだろう。
想いを馳せているとディルがじっと私を見つめているのに気付く。
「なに? ひとの顔をじろじろ見て」
「ん、ははっ、すまない。なんだか見たことない表情だったから。なんていうんだろう、あんたみたいに言うなら〈愛情〉と〈寂しさ〉?」
「見たことないって、貴方まだ会って二日目でしょ――ああ、そうだった。私をつけ回していたものね?」
「うっ、それはすまなかったって。さすがにアスルトのことを誰彼構わず頼めないからな」
信頼してくれているのは彼の思念の香りからもよくわかる。
ありがたいとは思うけれど、結果命すら危ういとなれば素直に喜べない。
わざとらしく胸元を押さえて呻くディルを見ながら私は肩を竦めた。
「まあいいわ。そのぶん稼がせてもらうから。……それで、思いつく場所はある?」
「ん、あるにはあるけど。それ、俺が思いつく場所でいいのか?」
「いいわ。貴方とアスルト殿下って親友なんでしょう? しかも兄弟のような間柄だし、似るものよ」
「そういうものかな。ええと、馬で半日くらいの宿場町なんだけど、その外れに静かな丘があってさ。そこに俺たちが懇意にしている先生が住んでるんだ」
「そこはもう訪ねた?」
「いや。先生が巻き込まれるような案件ならアスルトは行かないと思って連絡すらしてない」
「なら明日朝一で向かいましょう。今日は別の案件を片付けたほうがよさそう」
「牡鹿だな」
ディルが真剣な光を瞳に浮かべたのを見て、私はしっかりと頷いた。
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