逆撫でされるキモチ

 梅雨が近づいてくる。雨が降る日も増えて、リュックにはいつも折り畳み傘を入れるようになった。あれから庭の手入れをすることがなかったので、草は天の恵みを受けてさらに伸び放題になっている。


「あーあ、今年もやっちゃったな」


 これで夏に突入して草原を生成することになる。除草剤だけ撒いたら生えてこなくなるのかな。


 最寄り駅で降りて、今日もあの子を見つける。同じ高校の制服なのにここでしか見つけることがないのが不思議でならなくて声を掛けようと彼女に近づく。


「おはよ、伊織」


 やっぱりダメか。今日も夕に掴まった。いつもの通り僕は彼女と学校に向かうことになる。忘れるたびに思い出す銀髪の彼女のことを考えながら。


「おはよう。どうしてそんなに元気そうなんだ?」


 てっきり昨日のことがあって話しかけてくることはないかもしれないと思っていたのに。結局夕は途中で早退していたし。


「聞いたよ、どっかに四人で出かけるって。どこに行くの?」


 なんだ、良かった。それであの時のことがリセットされているんだったらよかった。

 もしかしてそこまで重く考える必要はなかったかな?


「いや、まだ決まってないけど。もう少し遊柚と話し合って決めるつもりだよ」


「……へぇ、そうなんだ」


 なんか急に空気が重くなった。気まずくならないようにとりあえず話を盛り上げようと彼女に話題を振る。


「そうだ、夕はどっか行きたいところとかない?」


「いや、別にどこでもいいかな」


 会話が絶妙に流されていく。僕はいったいどうしたらいいんだ。

 困り果てて立ち尽くしている僕に、夕はいたずらな笑みを浮かべて近づいてくる。


「嘘だよ、嘘!別に昨日だって怒ってたわけじゃないから。ていうかさ、それなら二人で行く場所考えない?」


「まぁ、別に僕が言い出したことだから誰と話し合ってもいいか。そうだね、でもテスト近いし終わった後の打ち上げ的な感じにしたいから早めに決めとこう」


 あとで遊柚に連絡したら、「好きにしていいよ。私はどうせ傍観者だし」って返ってきた。というかなんで遊柚がその病を治さないんだ?自分で何人もの人を治したって言ってたくせに。


 と、いろいろ返したくなったけど隣に夕がいるときにこれ以上あいつのことを考えていたらまた空気が重くなりそうなのでポッケに携帯を突っ込んだ。


「でもまずはテストで赤点を取らないようにしないとね」


「確かに。頑張れよ」


「え、今のは絶対勉強みてくれる流れだったじゃん!」


 僕は先に自転車に乗って学校を目指して漕ぎ始める。あとから彼女も続いて隣に並んだ。


「いや、だって夕苦手な教科多すぎるじゃん」


「大丈夫、伊織の教えのおかげでこの高校に入れたんだから。もっと自信もっていいよ!」


 なんでそっちの方が自信満々なんだ。僕は思わず笑ってしまう。


「なんで笑うの」


「だって、自分のことみたいに言うから」


「そりゃ言うでしょ、幼馴染なんだよ?」


 そう言って彼女もニッと笑って見せた。学校に着くと遊柚はいつも通りだけど一度も昨日のことに触れてこなかったし連絡もあれ以降こなかった。


 僕は放課後、近くのスーパー寄って適当に晩御飯の材料でも買って帰る。

 そろそろ始めないとな、と思いテスト範囲のノートを見返しながらご飯を食べているとチャイムが鳴る。


「はーい」


 基本通販を頼まないのでチャイムが鳴ることはないんだけどな。

 そう思いながら玄関の穴から片目で外を覗く。


 そこには手提げを持った夕のすがたがあった。


「どうしたのこんな時間に」


「朝言ったじゃん。勉強教えてって」


 冗談で言ってると思ってたのに。僕は慌てて散らかったリビングを片付ける。

 それも気にならないのか、「おじゃましまーす」と言って僕が必死に片づけているところに乗り込んできた。


「うわぁ、おいしそう」


「適当だよ。いいだろ、僕しか食べないんだから」


「私も食べていい?」


「だめ。ていうかこの時間なら食べて来てるだろ」


「えー、いいじゃん一口」


 もう彼女の手には箸が握られていた。返事を聞く前に一口食べて、頬に手を当てる。


「おいしい、凄いね伊織!勉強だけじゃなくて料理もできるんだ!」


「いや、褒め過ぎだって」


 内心嬉しいのを照れ隠しする。仕方ないのでキッチンからもう一膳箸を持ってきて二人で残りを食べた。


「いやぁ、おいしかった。ごちそうさま!」


「ならよかったよ」


久しぶりに人とご飯を食べた気がしてなんだかむずがゆかった。僕が食器を洗っていると彼女は手提げから教科書とノートを出す。一応勉強をする気はあるみたいだ。僕はタオルで手を拭いて彼女の隣に座布団を移動させて座る。


「今度また来て何か作ってあげる」


「いいよ。家族と食べなよ」


「だーめ。貸し借りはちゃんと返すことにしてるから」


「じゃあ勉強教える借りはどうすんの?」


「あー、えっと、それはまた後日で」


「はいはい」


僕は彼女の持っている教科書とノートを並べて、分からないところを彼女に聞いてアドバイスを始めた。

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