それは蜜の味
「場所、移そっか」
「分かった」
彼女の提案に伊織は素直に受け入れた。こんなところで立ったまま話すのも嫌だし、何よりこの扉の裏に二人がいるのに隠れているようでここにいたくなかった。
彼女は階段を登って3階に着く。その上へと続く階段には、鎖がされていて関係者以外立ち入り禁止と書かれている。
だけど彼女はその文字を見ているのか否か、無視して鎖の隙間から階段をさらに登っていく。
「こんなことしたら怒られるよ?」
そう言っても彼女は「大丈夫。怒られたら私のせいにしていいから」と止まる気配は無い。
しばらく誰も出入りしていなかったのか、階段にはホコリが積もっていて、僕達二人の足跡がそこにはっきりと痕跡を残す。
酷く建付けが悪くなった鉄扉を開けると、そこには燦々と太陽の光が校舎の屋上を白く照らしていた。
彼女はまるでいつも通りのようにいつからあるのか分からない長椅子に座った。
「ほら、伊織も」
その隣に、弁当二つ分くらい空けて座る。彼女は携帯の内容に触れることなくご飯を食べだしてしまった。だけど僕にはそんな食欲は無かった。
「遊柚、話って何?夕とか卓也がいたら話せないことなの?」
彼女は食べていた弁当を椅子において、改めて僕に向き合う。赤い瞳が僕を見つめるとなぜだか吸い込まれそうな気分になる。
「伊織はさ、自分が自由だと思う?」
「自由?」
「うん。何にも縛られていない何にでもなれる存在。そんな存在だと思う?」
言ってることは分かるような分からないような。どこまでの範囲でそれを言うのか分からないけど、自分の考えた答えを返す。
「思わないよ。だって、今まさに学校に僕は縛られているから」
その返事を聞いて彼女はなるほど、というやうな表情をして自分の右手を顎に当てる。
「確かにそうだね。でもね、私が言いたいのはそういうことじゃないんだ」
「だったらどういうことなのさ」
「伊織は自分が思っている以上に自由じゃない。色々なものに縛られて生きてる。そして今まさに伊織の自由はほとんどないと言ってもいいね」
「ほとんどっていうのは言い過ぎじゃない?」
「誇張なんかじゃないよ。なら、試してみる?」
彼女は立ち上がってカウントダウンを指で折り始めた。両手から始まった数字もやがて片手になりそして、全て折り終えた瞬間。
ガタガタガタッ!
無理やり扉を開ける音がする。振り返るとそこには夕の姿があった。
「伊織、遊柚。こんなところで何してるの?」
彼女も慌ててきたのか随分と息が切れている。僕は弁当を持って彼女の元へ駆け寄ろうとした。その時、隣にいた遊柚が耳元でそっと呟く。
「ほら、あなたは自由じゃない」
振り返った彼女は、その白い髪を靡かせて屋上から出ていく。追いかけようとしたけれど夕の息切れが酷いのでそのまま二人で階段へと向かう。
「それで、二人は何の話をしてたの?」
「別に大した事じゃないよ。僕にもよく分からなかったしね」
「ふーん。ならいいけど」
僕は夕に縛られているなんて一度も思ったことがない。遊柚は結局何が言いたかったんだろうか。そんな迷いを心に燻らせながら一日を終えることになった。
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