坂転がして、夢登りきる

 二人の質問に答えていたらあっという間に一限開始の鐘が鳴った。サイレンみたいなチャイムが鳴って、科目担任が教室に入ってくる。


「では、教科書248ページから始めますよ」


 基本的に歴史系の授業というのは睡眠率が非常に高い。それこそ催眠術の命中率とおんなじくらいに。上がらなくなる顔が増えていっても、先生はかまわずに授業を続ける。


 トントン。


 ちょうど夕が振り子のように頭を振り始めたときのことだった。隣から肩を叩かれる感触を覚えて、見ると遊柚が左手に紙を握って正面を向きながらこちらに手を出してきていた。


 純粋に、彼女からそんなことをされた経験がなかったので興味もあったし、それを受け取ることにした。先生がちょうど板書を始めたところで僕は彼女の手から紙を受け取る。


「私の電話番号。登録して」


 その下には11桁の数字が書かれていた。僕は彼女の方を見ると、一度だけ頷いて再び目を向いた。僕はどういうことか分からずにとりあえずこっそりと携帯の電源をつけて番号を登録する。


「これでいい?」


 そう書いた紙を彼女に渡して携帯を見せると、満足した様子でまた頷いて今度は笑って見せた。彼女の赤い瞳が凛と見つめてきて僕は思わず見惚れそうになる。


 ドンッ。


 前の席の夕がついに勢いよく顔を机にぶつけたことでクラスの視線を集めることになって僕はあわてて顔をそらした。


「占染、寝るなら外に出てください」


「ごめんなさーい」


「……はぁ。じゃあ続けますよ」


 先生が呆れて続きを始めてしまって、彼女はまた頭を振るメトロノームになる。僕と遊柚は顔を合わせて笑った。いったい彼女がどうして電話番号を教えたのかも知らないで。


 先生はチャイムが鳴ると、潔く授業を取りやめて教室を出て行った。そんなことを二回も繰り返していくうちに昼食の時間となる。


「よーし、終わったー!」


「昼食べるかー」


「寝てただけだろ」


「まぁそういわずにさー、食わざる者働けずっていうじゃん」


 あえてのツッコミ待ちだろうが、疲れるので無視することにする。俺は四人で昼食を食べようかと思ったので弁当を机に置いた。だけど遊柚は弁当を持って席を立った。


「遊柚はどっかで食べるの?」


「うん。今日はちょっとね」


 気さくに声を掛けた夕に申し訳なさそうにすると、そのまま教室を出ていてしまった。今まで一度もそんなことはなかったので三人は顔を合わせて不思議だなと思う。


 二人はすでに弁当を食べ始めていて、僕もと思って弁当を開けようとしたときにポケットにある携帯が震えた。僕はなんだろうと思ってみてみると、さっき登録した番号からだった。慌てて入力したため、件名は「あ」になっている。


「少し二人でお話がしたいの」


 弁当を開ける手が止まった。それに二人は勘づいて、なにがあったのか僕の携帯を見ようとしたが急いで閉じる。弁当を持って用事ができたとだけ伝えてあわてて教室を出てしまった。


「待ってたよ」


 教室の扉の裏、彼女はそこに立ち尽くしていた。その扉を凝視する夕を傍目に、二人は場所を移動させる。


「なんだ?二人してなんかあったのかな。もしかして、デキてたりして。っておい、夕聞いてるか?」


「あぁ、ぼーっとしてた。携帯見てたし、誰かに呼ばれたんじゃない?」


「なんだよ、急に黙るからびっくりした」


「ごめんごめん、さっきの話の続きしよっか」


 空は暗雲に満ち、陰りは簡単には晴れない。無知は罪で、許しは請うものではなく得るもの。卓也は彼女の心を少しは晴らせたのか。

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