群青に堕ちて

日朝 柳

i昧魅、愛

 僕は時折、夢を見る。

 目が覚めたカーテンから覗く朝日が現実だと教えてくれるまで、僕はその夢に酔いしれる。だから思ってしまうんだ。

 そんな夢、冷めなければいいのに。なんてね。


 最寄り駅について電車から降りるとき、僕はいつも銀髪の学生服の少女に目が奪われる。ひときわ目立つあの子は一体誰なんだろう。そう思いながら人波に沿って歩いていく。


「おはよう」


 そうするとなぜか僕と彼女は邂逅するんだ。なぜかは知らないけどね。


「おはよう夕。今日はよく眠れた?」


「もちろん徹夜だよ。日曜深夜はアニメを見るって決めてるんだからさ」


 そう言って彼女はVサインをする。見た目は完全にイケてるのに、そこだけは昔から全く変わらない。ほんと、うらやましい限りだ。


「なら宿題は見せなくてもいいな」


「そんなぁ、後生だよ」


「お前それ言えばいいと思ってるだろ。………、まぁ分かったから顔上げてくれ。みんなこっち見てるから」


 こんな人が溢れたところで急に謝りだしたら誰だって顔を向けてしまう。しかも演技が何故かうまいから僕が悪いみたいになってる。ホームを出て道をしばらく歩いて進む。


「よし、言ったからね。取り消しとかなしだから!」


「はいはい分かったよ」


 やったぁ!と言いながら夕は自転車の鍵を開けてゲートをくぐる。僕も彼女に続いて、駐輪所を出ると、彼女は信号が青なのにわざわざ待ってくれていた。


「ごめん、待つことなかったのに」


「いいや、待つね。だって学校行っても宿題写させてくれるの伊織しかいないもん」


「なんだ、そういうことか」


 ちょっとだけ期待した自分がばかだった。まぁいいか、一緒に登校できるだけで。

 そんなひと時の幸福を糧に、僕は毎日を過ごしています。


 桜が散って春の色が消え始めたこの季節、クラスにみんなが段々となじみ始めたところで僕はどうしてか違和感を拭えないでいた。教室に入って席に座ると、その前の席に夕は座る。


 となりで机に突っ伏しているやつを彼女はおもちゃを見つけたように嬉しそうに笑う。背後から近づいて驚かそうとした瞬間、チャイムが鳴る。


 口まで空いていた夕はこらえきれなくなったのか、僕の背後に隠れて肩を震わせる。だけど何も知らない卓也がこちらを見てきたときのには、さすがにこらえきれなかった。


「ふ、ふははっ!」「あははははっ!」


 二人して大笑いするのに困惑しながらも、担任が教室に入ってきたので口を閉じた。


「なんだなんだ、後ろの方が楽しそうじゃないか。ということでだ、入学早々ではあるが、中間試験の日程を張っておくから各自よく確認しておくように。HRは以上だ」


 全員ががっかりした声を漏らすと、「頑張れよー」といいながら能天気にも担任は教室をあとにする。数人が一斉にその張られた紙の前に集まり、数人はテストへの不安を口々に語り合う。


 で、僕の前二人はといえば。


「でさ、昨日の4話のラストがさぁ」


「あそこほんとによかったよな。俺思わず泣きそうだったわ」


 なぁんにも聞いてやいなかった。余裕かヤバいかでいえば確実に後者なはずの二人は何にも聞いていない。もしかしたら当日までテスト日程すら見ないんじゃないかと不安になり、僕は慌てて写真をおさめにいく。


「おはよう伊織」


「ああ、おはよう遊柚」


 隣の席の色鼓遊柚さん。見た目はとてもクールな子だけど、話すと案外よくしゃべる。とっつきにくいと思われているのか、クラスにはあまり友達はいないみたいで、この四人はいろいろあって仲が良い。


「あ、そうだ。宿題見せてよ伊織」


「ああそうだったな」


「マジ?俺にも見せてよ」


「ああもう勝手にしろ」


「ラッキー、サンキュウな」


 僕は鞄からノートを出して夕に渡すと、二人はそれに釘付けになって必死に内容を写している。となりの彼女は、次の時間の準備をし終わると、僕の方を無言で見つめてくる。


「どうしたの?」


 って聞くと、


「なんでもない」


 と返す。


 いたたまれない沈黙に、結局僕から話しかけることになる。彼女の髪は色素が薄いせいで本当に白く、顔も雪のようで最初は本当にクラスの中でも際立っていた。


 後に、彼女はアルビノというものだと知ってからは特に何も思わなくなってクラスメイトも大して気にすることもなくなった。


「遊柚は土日なにかしたの?」


「うん。ずっと忙しかったかな。あんまり宿題をする暇もなかったから、伊織が教えてくれると嬉しいんだけど」


「ああ、それなら……」


「伊織!ここどうなってるの?」


「ごめん遊柚。ちょっとだけ待っててもらえる?」


「……分かった。ありがとう」


 そう言って夕が聞いてきたところを見ようとしたとき、一瞬彼女と目が合った。まるで何かを見定めるようなその表情に、僕は心が揺れそうになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る