超合金で祠を作るな

 俺はヨキを後部座席に追いやり、片白を助手席に乗せて車を走らせた。


 連綿と続くだだっ広い道路は、猪避けの鉄条網とシカ注意の看板があるばかりで遠近感がいかれそうだった。


「で、何で俺が壊し屋だとわかった?」

 片白は身を縮めた。

「裁判官をしている叔父の法定記録を盗み見ました。あれほど各地で器物破損を起こしながら全て不起訴になっているのは貴方だけです」

「それもそうか」

「悪名轟きまくってるね……」

 ヨキが呟く。


 俺が罪に問われないのは、祠を壊してほしがっている人間たちがいるからだ。

 それは因習に苦しむ村の逸れ者の場合もあれば、土地開発の利権争いに窮する権力者の場合もある。

 前者は感謝の言葉しかくれないが、後者は金を払って依頼人になってくれたり、俺の罪を揉み消してくれたりする。



 俺はいつもの癖でハンドル片手に煙草を箱から抜き取ってから、片白の視線に気づいた。

「吸っても?」

「どうぞ」

 俺は備え付けのシガーライターに煙草を押し付ける。片白はワンピースの裾を握りしめながら言った。


「石鉈さんは、壊し屋の中でも最も悪運の強い男だと聞いています」

「壊し屋の中って職業として認められるほど有名なのか?」

 後部座席のヨキが文庫本片手に答えた。よく車酔い

「そこそこいるよ。全員非合法でフリーランスだし、魁斗ほどの実績はないけどね」


 片白は頷いた。

「その中でも石鉈さんはどんな祟りも一切通用しないと……」

「俺は祟られないんじゃない。呪われすぎて俺に取り憑いている怪異が潰し合ってるから結果的に何ともないんだ」

「どういう意味ですか?」

「多方面から借金しすぎて、毎日玄関に包丁持った取り立て屋がくるけど、取り立て屋どうしが『他の奴に殺されて金を盗られたんじゃたまらん』って勝手に殺し合うから俺のところまで辿り着かないようなもんだ」

「最悪ですね」

「俺が? 呪いが?」

「……あ、すみません!」



 俺は煙を吐き、備え付けの灰皿に灰を落とす、

「例えば、俺が煙草を吸い始めた理由のひとつも呪いだ。一日一回吸わなきゃ死ぬらしい」

「大変ですね……」

 ヨキが「大丈夫だよ。このひと、とっくにニコチン中毒だから」と口を挟む。


「呪い以前に肺がんは大丈夫なんですか?」

「前にレントゲンを撮ったら右の肺に髑髏、左の肺に地獄絵図が映ったらしい。癌があってもわからないがそれどころの問題じゃないな。医者に『怖いからうちで健診受けないでくれって言われたよ』」

「何でまだ死んでないんですか」

「酷いこと言うな」



 俺は吸殻を潰し、ハンドルを両手で握った。

 道はなだらかな上り坂になって、両側を覆う木々の増え、陰鬱な影を落とし始めた。


「片白さん、あんたの村はこの先でいいんだよな?」

「そうです。戸留とどめ村というところです」

「詳しく聞かせてくれ」


 片白は近づいてくる自分の村から目を背けるように俯いた。

「私は隣の村から訳あって戸留村に移住してきたんです」

「訳って何だ?」

 答えはない。ヨキが本から顔を上げて言った。

「大丈夫だよ。魁斗はそういう事情を他人に漏らしたりしない。お互い孤立無援の余所者どうしなんだ。隠し事はなしにしよう」



 片白は僅かな沈黙の後、口を開いた。

「私の姉は戸留村の村長の婚約者でした。身内贔屓ですけど、とても綺麗なひとで、優しくて、これから姉さんが幸せになれると思ってたのに……」

「なれなかったってことか」

「魁斗、言い方気をつけて」


 嗚咽混じりに片白は言葉を続ける。

「嫁いだ三日後に急死したんです」

「急死? 死因は?」

「わかりません。私が駆けつけた頃にはもう火葬も終わっていて……村長が言うには、姉は禁忌を犯したらしいんです」

「祠絡みか」

 埃くさい暖房の風が重たく濁ったような気がした。



「戸留村に怪しいしきたりや祭りがあるのは知っていました。姉は正義感の強いひとでしたから、見過ごせなかったんだと思います。そして、姉は禁忌を破って、祠に入って、呪いを……」

「その呪いってのは?」

「祠に立ち入った者は三日以内に村から逃げなければ死ぬという呪いです」


 ヨキが小さく呻いた。

「これ絶対受けない方がよかった案件だよ」

 俺は二本目の煙草に手を伸ばしかけてやめる。

「妙だな……」

「何がですか?」

「呪いだよ。立ち入っても三日以内に逃げればいいならとっととケツまくったもん勝ちじゃねえか?」

「姉は、逃げられなかったんだと思います」


 片白は奥歯を噛み締める。

「禁忌を破った者を村人が許すはずがありません。今まで他にそうしたひともきっと……」

「クソみてえな因習村ってことか。妙な点はもうひとつある」

 俺は指を立てた。


「禁忌はそれだけか? 立ち入らなきゃいいなら、衝立でも立ててそのまま放置しておけば済む話だろ」

「祠の中の神が生贄を求めるらしいんです」

「定番だな」

「はい……祠を放置しておけば、祭りのたびに誰かが犠牲になります。でも、壊すことはできない。だから、ずっと何年も、何十年も因習が続いているんです……」


 片白は細く息を漏らした。

「姉が禁忌を破って死んだことは私の村にも伝わりました。戸留村の皆さんはお怒りで、このままでは村どうしの問題になると。だから、私が姉の代わりに嫁いで、喪が明けたら村長の妻になるんです……」

「なるほどね……」



 俺は後部座席を振り返った。片白が怪訝な顔をする。

「後ろに何かあるんですか?」

「祠破壊の三種の神器だ」

「三種の神器?」

「斧、火気、前科と霊障を畏れない心」

「前科は恐れてください……」


 ヨキは疲れたような顔で側頭部を窓ガラスに押し付けた。

「まあ、魁斗は祠を壊すことに関しては右に出る者はいないからね」



 窓外を流れる林はどんどん密度が増し、陰鬱な色になる。片白は更に項垂れた。

「でも、大丈夫でしょうか。あの祠は今まで誰にも壊されたことがないんです……」

「過去に何度も壊そうとした奴が?」

「はい、噂を聞きつけた壊し屋の方々が腕試しに来るんです」

「村の人間は何も言わないのか?」

「どうせ壊れるはずがないから好きにやらせておけと」

「随分自信があるみたいだな。それほど強い呪いでもかかってんのか?」

「それもありますが、昔、破壊を恐れた村人が支柱を超合金に造り替えたので……」

「詐欺だろ」

 ヨキが小声で呟く。

「それもう祠じゃなくて小型のマンションじゃない?」


 道の先にトンネルが見えた。魔物の口腔に導かれるような暗い入り口だった。

 俺はもう一度後部座席に視線をやった。ヨキはゆるく首を振っただけだった。

 今の情報だけでは判断しかねる、ということだ。こいつがそういうときは警戒した方がいい。



 俺はアクセルを踏み、トンネルの中に入る。

 凹凸のある闇が四方から押し寄せ、舗装されていない道の泥をタイヤが跳ね上げる音だけが響いた。



 永遠に思える時間を抜けた後、急に視界が開けた。

 寒々しい木々の間に木造家屋が並び、道端には錆びた自転車や泥まみれのホースが落ちている。

 ブリキの看板やポンプ式の井戸など、昭和から時間が止まったような光景だった。



「よくある田舎に見えるけどな……」

 呟いた瞬間、轟音が鳴り響き、車が底から突き上げられたような衝撃が走った。俺は急ブレーキを踏む。

「伏せて」

 ヨキが咄嗟に後ろから飛び出して、俺と片白の頭を無理矢理下げさせた。


「何だ!」

「わ、わかりません。今何か衝撃が……」

 俺と片白はダッシュボードの上に目だけ出して様子を伺った。


 枯れ葉色の山の隅から一筋の細い煙がたなびいている。

 粉塵の中に赤いものが浮かび上がった。朱塗りの木材を組み合わせた小さな四角い何かを、赤と白を交互に編んだ注連縄が囲んでいる。祠だ。


 目を凝らすと、祠を形作る木材の一部が燻る火を纏って黒煙を上げているのがわかった。

 まさか、あの中にいる神とやらが出てきたのか。



 俺はヨキに視線を投げる。ヨキは一瞬険しい顔で祠を見つめたが、すぐに呆れたように表情を打ち消した。


「失敗だ!」

 煙を上げる山から、ダウンジャケットを纏った毛髪の寂しい中年が飛び出してきた。男は手を振り回して叫んでいる。


「失敗、儀式か何かか……?」

 俺の呟きに答えるように男が大声を上げた。

「ダイナマイトでも駄目だなんて!」



 片白が絶望的な表情で言う。

「一昨日この村に来た壊し屋です……」

 俺はハンドルに身を預け、痛む額を擦った。

「ダイナマイトは……何というか、邪道だろ……」

「祠を壊すのに王道も覇道もないと思うよ」


 ヨキの淡々とした声が、振動と共に車内に響く。

 濛々たる煙の中で、超合金の祠は炎を絡ませながら悠然と聳えていた。

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