キラキラ輝くオレンジ色は



「こっ、こここっ、これを・・・僕に飲めと・・・っ?」



 焦りか、それとも驚きか。


 アッシュは、裏返ってやたらと高くなった声で、テーブルの上に置かれた物を指さし、震える声で尋ねた。



 アッシュの指が示した先にあるもの―――それは、ヨルンの胸元から取り出され、彼からラエラの手へと渡された後、テーブルの上にちょこんと置かれた小さな瓶。

 中には、陽の光を受けてキラキラと輝くオレンジ色の液体が入っていた。



「ええ。死を願うほど強い後悔の念に苛まれているアッシュに、この瓶の中身をぜひとも飲み干してほしいの」


「飲み、干し・・・いや、それは・・・」



 窓から射し込む光を受けて輝く小瓶は、高級な硝子細工の瓶に入っている事もあり、とても美しく、いっそ神秘的と言っていい程だ。

 

 そんな視覚的効果は、アッシュにある種の畏怖を与えたようだ。元々冴えなかったアッシュの顔色は更に悪くなり、終いには身体がぶるぶると震え始めた。



「ラ、ラエラ・・・どどど、どうしても、これを飲まなくてはダメなのか?」


「あら? さっき、わたくしの気が済むのなら何でもすると仰らなかったかしら」



 頬に手を当てたラエラが、こてりと首を傾げた。



「これをアッシュが飲んでくれたら、きっとわたくしの気も晴れると思いますの。それに、アッシュの謝罪と反省の気持ちに嘘はないとも信じられる気がしましたのに・・・やはり、先ほどの謝罪は口先だけだったのかしらね・・・」


「ち、違っ、今は本当に反省して、悪い事をしたと思って・・・」


「ではどうぞ」


「・・・ええと、ラエラ、念の為に聞くのだが、この瓶の中身は、その、やはりアレか・・・?」



 すっかりと青ざめ、怯えた顔で、アッシュが瓶を指さし恐々と尋ねた。



「ええ。アッシュが思ってるアレで間違いないと思いますわ。心配しないで。飲んだらすぐに楽になれましてよ?」


「すぐに、楽に・・・なるのか、そうか・・・やっぱりコレはアレなのか・・・」



 アッシュは、がっくりと項垂れた。


 アッシュは確信した。コレは毒だ。



 ―――今度こそ、しっかり反省した姿を見せ、立ち直る事を決意したというのに。



 ずっと、なぜ自分がこんな目に、と思っていた。自分は騙されたのだ、巻き込まれただけ、悪いのはリンダとバイツァーなのに、なぜ自分まで罰を受けなければならないのかと。

 同じ森に移ってまで自分を心配してくれた両親には、流石に申し訳なさを感じ、素直に意見を聞く気になったが、今はその両親も側にいない。

 この先どうしたらいいのか、自分はどうなるのか。不安で何もかも嫌になって、もういっそ父の目を傷つけた罰として殺されたいと思ったりもした。


 それがラエラとヨルンに説教され、そもそもの自分の罪に、今になってようやく気づいた。

 今の状況は自分が招いた事なのだと、やっと理解して、長いこと頭の中にかかっていた霧のようなものが晴れた気がした。


 そして、初めてラエラに心から謝った。


 今回は、謝罪の気持ちに嘘はなかった。自分が完全なる被害者だとも、もう思ってはいない。ラエラに償うべき立場にいるという事も、それに対してなんの言い訳をしてはいけない事も理解したつもりだ。


 だが、理解して更生しようと決意した矢先に、目の前に『毒』の入った小瓶を差し出されるとは、流石に思っていなかった。


 それならいっそ、ヤケクソになっていた少し前の自分に渡してくれたら、死は救済だと目の前で飲み干してみせただろうに。





「さあどうぞ、ぐっと一気に飲んでね。すぐに効果を感じる筈よ」


「・・・分かった。言う通りにするよ」




 ―――そうだ。


 償うべき相手であるラエラが、これを罰と決めたのなら、そうすべきだ。



 心臓がバクバクする。手は冷や汗でしっとりと濡れていた。

 ごくり、と唾を飲み込んで、アッシュは小瓶を手に取り、震える手で蓋を開けた。



「・・・」



 瓶を口につけ、傾けながら、アッシュは思った。飲む前に、父と母に手紙を書いておけばよかったと。けれど、今さらここで飲むのを止める訳にはいかない。


 アッシュは、代わりに心の中で両親に別れを告げた。



 ―――父上、母上、最後まで親不孝な息子ですみませんでした。





 こくり。


 こく、こく、こく・・・



 口内に流れこんだ液体は、予想していたような喉を焼くような刺激や舌を刺すような痛みはなく、仄かに甘く、柑橘類の香りがした。



 ―――いや、喉を焼くどころか、何だかあと口が爽やかで、すごく飲みやすいぞ?



 1本飲み切って、空の瓶をテーブルに置き、アッシュは喉をさすった。



 待てど暮らせど、激痛も昏倒の予兆も来ない。むしろ―――




「・・・なんか喉のイガイガが・・・」


「ね? 楽になったでしょう?」



 悪戯が成功したとばかりに、ラエラが微笑む。その横では、ヨルンが笑いを堪えていた。



「さあ、これでダメダメなアッシュは生まれ変わったわ。これからは真面目に頑張るのですよ。お義兄さま」




 敢えて書くまでもないだろうが、アッシュが死の恐怖を感じて慄いたこの小瓶の中身の正体は、もちろん毒ではない。


 そう、アレだ。


 ラエラとヨルンにとっては懐かしい思い出の、あの喉シロップである。






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