ごめん
「・・・っ、君は、相変わらず気が強いな」
アッシュの言葉に、ラエラはにっこりと微笑んだ。
「そうね。でもそんなわたくしがヨルンさまは大好きだと仰って下さるもの。強さはわたくしの誇りですわ」
ね?と、ラエラは隣のヨルンと見つめ合う。アッシュは、そんなラエラをどこか衝撃の顔で眺めた後、暫くして小さくぽつりと「本当に」と呟いた。
「二人は、本当にちゃんと夫婦なんだな」
「夫婦に決まってるでしょう。兄上、失礼な事を言わないでください。何があっても或いはなくても、僕はラエラさま以外の女性を願う事は生涯ありませんよ」
「・・・そうか。いや、そう言えばそうだったな。お前は僕とラエラが婚約した時、大泣きしてた。お前が泣くのを見たのは、あれが最初で最後の一度きりだった。なのに僕は、なんで今の今まで忘れてたんだろう・・・」
しみじみと、自分に言い聞かせるように呟いたアッシュは、ラエラへと視線を向けた。
「ごめん」
「何がでしょう?」
「ちゃんと分かってなくて、勝手な事を色々した。僕は、いい事をしたつもりでいたんだ。僕を慕っているというリンダに一夜の夢と思い出を与えてやったとか、子を身ごもったのなら庇護してやるのが男だろうとか・・・だから、僕の善意を悪用したリンダとバイツァーが、あの二人だけが悪いんだって・・・思っていた。いや、思いたかった」
―――でも、違ったんだな。
小さな室内。
アッシュの呟きは微かなもので。
でも、ラエラとヨルンの耳にもきちんと届いていた。
暫くの間、黙り込んだ後のこと。
「・・・ラエラ。やっと君の言ってる意味が分かった気がする。僕は、君の将来をぶち壊すところだった。いや、ヨルンがいなかったら、本当に壊れてたんだろうな。ごめん、僕は君に酷い事をした」
アッシュは、ラエラに向かってゆっくりと頭を下げた。
「・・・それに、僕は君にした事への罰をきちんと受けていなかったみたいだ」
今まで見た中で一番真剣な表情で、アッシュは言った。
「何をしたら償った事になるのだろうか。何でもするから言ってほしい。何でも・・・僕に差し出せるものなら、何であろうと差し出すよ。それこそ命だって」
「アッシュ、それは本気で?」
「ああ。さっきも同じような事を言ったけど、気持ちは少し違う。今は逃げたいとか、楽になりたいとかじゃない。ただ自分が情けなくて・・・でも不思議とスッキリもしている。だから、ラエラの気の済むようにしてほしい。君からの裁定なんだから」
「わたくしの気の済むように・・・そうですか」
ラエラは頬に手を当て、少しの間考え込む様子を見せると、やがて顔を上げ、アッシュに向かって口を開いた。
「何でもすると・・・本気でそう言うのね?」
「あ・・・? ああ」
やけに真剣な表情で確認された事に気圧されたアッシュだが、些か怯みつつもこくりと頷いた。
するとラエラは、今度はヨルンに視線を向けた。
そして、手のひらを上に向けて彼に向かって差し出しながら言った。
「ねえ、ヨルンさま。用意してきたアレを頂けるかしら」
ヨルンの眉がぴくりと動いた。
「アレ・・・ですか?」
「アレですわ」
「・・・本気ですか?」
「ええ。だって、わたくしの望むようにすると、アッシュは言いましたもの。本当かどうか確認したいわ」
ヨルンは少しの間考えて、それから懐へと手を入れ何かを取り出した。
「ラエラさまがそれを望むのなら、そのように」
ラエラとヨルンのそんなやり取りを目の前で見聞きしていたアッシュは、ごくりと唾を飲み込んだ。
漸く自覚した己の罪に、格好つけてはみたものの、一体これからどんな罰が言い渡されるのかと、内心で戦々恐々としていた。
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