軽視
「僕は十分罰を受けた筈だ。こんな辺鄙な森の一軒家に、使用人もなくひとり置き去りにされた。あれから何度も死にかけた。今だって、先月からの風邪をずっと引きずって喉の痛みが取れず、夜は咳でなかなか眠れない。これ以上の罰を与えるのなら、さっきも言ったが、いっそ殺してほしいと思ってる」
「・・・辺鄙な森の一軒家に使用人なしでひとり置き去り、ですか。確かに今はそうですが、最初の処遇は違っていたと聞いておりますが・・・ヨルンさま?」
「その通りですね、ラエラさま。兄上がここに最初に来た時は、人数は少ないですが食事、洗濯、掃除などをする使用人が付けられていました。兄上がやらなければいけなかったのは、森の開拓を見守ることだけ。そう見守り、あるいは見張りだけです。作業する者ではなく、監督する側として」
「え・・・」
ヨルンの言葉で、アッシュの頭の中で遥か遠くに追いやられていた記憶が蘇ってくる。
そう言えばそうだった。当時は少数の使用人がアッシュの家に付けられていた。ロンド伯爵家にいた頃と比べれば段違いに少なく、受ける世話も限られていたけれど、それでも使用人たちはいたのだ。
実際アッシュは、その後暫くして放蕩生活を送り始め、相当に体重を増量した。
「兄上が、きっちりリンダとバイツァーを見張り、森林の開拓を進めていれば、今も兄上のあの家には使用人がいたのでしょうね」
「っ!」
頭の中からすっかり消え去っていた事実を指摘され、アッシュは愕然とした表情を浮かべた。
「僕と違って父上は優しいですからね。森の開拓が進んである程度拓けたら、父上はいずれこの土地を与えるつもりだったのですよ。嫡男でなくなって、その後の生活に困るであろう兄上に」
「・・・え?」
「この森は広い。植林をしながらであれば長く木材を売る事が出来るし、切り拓いた土地を畑に変えればそれも生きていく糧になります。リンダの仕事は開墾作業でしたでしょう? それを見越しての事ですよ」
アッシュを真っ直ぐに見つめながら、ヨルンは続けた。
「それを全部駄目にしたのは兄上です。作業監督を途中から放棄して、部屋にこもって食べたり飲んだりとそればかり」
「いや、だってそんな事、知らなかったから・・・」
「それでも父上は優しいので、1年猶予をおきました。ですが、ただ兄上が肥えていくだけでした。ああ、兄上だけじゃない、あの二人もですね。まあ、程よく肥えてくれたお陰で、新しい就職先で長く勤めを果たせましたけどね」
ここで、ラエラが両手をぱちんと合わせた。
「つまり、今の状況になったのは、アッシュの自業自得という事ですわ。まあ、それだけ8年前の間違いを・・・わたくしの事を軽く見ていたという事でもありますわね」
「軽く見てなんか・・・」
「いいえ、見ていたのです。だから、自分は被害者だと言えるのですわ。確かに二人に良いようにされた部分はありますけれど、アッシュ自らその道に進んで行った部分もありますわよね? ヨルンさまから聞いたのですが、アッシュ、あなたはリンダに異性としての特別な感情はなかったそうね。妹のように捉えていたから、近すぎる距離感を気にしなかった、と」
ラエラの問いに、アッシュは目に微かの自信を取り戻して頷いた。
「そうだよ。なのにラエラは僕たちの関係を疑った。完全に的外れなのに」
「そうですか。でも、わたくしはそれを聞いて余計に呆れてしまいましたわ。だって、リンダの事はただ妹のように思っていただけだったのに、誘われたら応じて夜を共に過ごしたのよね? それって、好きな相手との場合より見境なくて、よほどタチが悪くないかしら?」
アッシュは、ぐ、と言葉に詰まった。
「その上、子どもが出来たからと、わたくしとの婚約を解消したいと言い出したの。ねえ、アッシュ。あなたは今のわたくしの話を聞いても、自分は完全な被害者だと言い張るつもり?」
〜〜ー
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