あなたの罪は



 ラエラは一つ溜め息を吐いた。



「いっそ殺してほしい、ですか。ではアッシュ、聞きたいのだけれど、あなたは自分にどんな罪があって今の状況に至ったかは理解しているかしら」


「もちろんだ。わざとではなかったが、僕は父の失明の原因を作ってしまった罪がある」


「・・・それから?」


「それから・・・? ええと、ここに来るまでの経緯なら君も聞いてるだろう? 僕は被害者だよ。リンダとあの女好きのフットマンに騙された。身籠ったのは僕の子ではなかったのに、嘘を吹き込まれて君との婚約を駄目にされた。そのせいで、僕を真実愛してくれていた君と結婚出来なかったんだ。あいつらと一緒にこの森に送られたのは、完全なとばっちりだ」


「・・・なるほど。どうやら、一つずつ説明が必要そうね」


「何を言ってるんだ? 僕はよく分かっていると言っただろう」


「はい、ちょっといいでしょうか」



 ここで、2人の会話に割って入った人物がいた。これまでずっと、隣で大人しくしていたヨルンだ。



「ここで話を一旦中断して頂けませんか。この件はラエラさまに任せると約束したので黙って見ていましたが、このまま玄関先で話を続けるのは賛成できません。ラエラさまは馬車の移動で疲れているのに、ここで立ちっぱなしにさせるなど許し難い」



 ヨルンは、にこやかな笑みを浮かべながらラエラの腰を抱き寄せてそう言うと、目を丸くしているアッシュに視線を向けた。



「そういう訳で、兄上、僕たちを中に入れてください。そしてラエラさまにお席の用意を」


「兄上って・・・え、お前・・・もしかしてヨルンなのか?」


「・・・さっきからずっと僕を無視してると思ったら、まさか弟の顔を忘れていたのですか?」


「い、いや、忘れた訳じゃない。お前が変わりすぎなんだよ。確かに髪や目の色はそのままだが、ヨルンはもっとこう・・・背が低くてひ弱で生意気で勉強ばかりの無愛想な子どもだった。まさか、こんな精悍で爽やかな美男子に変わっているとは思わないじゃないか。さっきから、やけにラエラの近くに立っているとは思っていたが・・・」


「貶されてるのか褒められてるのか謎ですが、まあ、僕の事はどうでもいいです」



 ヨルンはすっと手を上げて、長々と続くアッシュの言い訳を制止した。



「それより、ラエラさまのお席を用意してください。出産してまだ1年も経っていないのです。無理をさせたくありません」



 アッシュは微かに眉を顰め、小さな声で答えた。



「・・・中に入れる事は出来ない。人が入れる状態じゃないんだ・・・その、最近掃除を始めたのだが、まだまだ汚いから」






 ―――結果。



 ラエラたちは場所を移動し、かつて前ロンド伯爵夫妻が住んでいた家で話す事にした。


 ヨルンもラエラも、そしてこの家は初めてのアッシュも、室内をきょろきょろと興味深げに見回した。



 茶などは最初から期待していなかったので、森の家に来る前にバスケットに色々と詰めてからここに来た。

 ヨルンはラエラを椅子に座らせると、テキパキとバスケットからお茶の道具や茶葉などを取り出し、筒に入れて持って来ていた水を沸かして茶を淹れた。






「・・・さて」



 お茶を飲んでひと息ついたところで、ラエラが口を開いた。



「先に一つ申し上げておきます。今回の裁定に関しては、わたくし、ラエラ・ロンドが一任されております。ヨルンさまや、お義父さま、お義母さまにもご納得いただきました。わたくしが一番の被害者だからと」


「一番の被害者って、それは君じゃなくて、ち・・・」


「少し黙っていてくださる? アッシュ。今からきちんと説明しますから」



 ラエラはもう一度、お茶で喉を潤してから話を続けた。



「まず、今回のお義父さまの左目に関しては、完全なる事故だとお義父さまとお義母さまより証言をいただいております。『倒れたのは暴れていたアッシュの腕がたまたま当たったからで、倒れた先に原木があったのも偶然だった』と。この証言に誤りはありますか? アッシュに、お義父さまを殴る意図はありましたか?」


「それは・・・ない。だが父上は・・・」


「怪我を負った当人が、事故であると証言し、アッシュに罰を与える事を望まず、この件を不問にするよう求めています。わたくしは、それを尊重するつもりです。お義父さまが負った怪我に関しては、あなたは無罪とします」


「無罪・・・? 僕は、無罪・・・」



 呆然と呟くアッシュを前に、ラエラは一度、深く息を吸ってから、「ですが」と続けた。



「アッシュ。あなたには、確かに犯した罪があります。今回の事故とは違う、8年前に犯した、完全にあなたの非でしかない過ちが」


「なんだって・・・? 違う、あれは」


「ええ、さっき聞きましたわ。あなたは、その件に関して自分は被害者だと言い張った。けれど、それは違います。確かに、リンダやバイツァーほど罪の数は多くないかもしれない。けれど、あなたが犯した罪があるの。あなたはそれを認めるべきよ。認められないと言うのなら、わたくしにも考えがあるわ」












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