森の中
爽やかな初夏の風が吹く中、ラエラはヨルンの手を借りて馬車から降り立った。
ラエラの視線の先にあるのは、森の中、高く伸びる木々を背にたつ小さな一軒の家。少し離れた所にも、似たような家がもう一軒建っている。アッシュが住んでいる家と、今は無人の、前ロンド伯爵夫妻が住んでいた家だ。
ラエラが降りた場所は馬車停まりだ。アッシュの家から少し離れた所にあるそれは、周囲に広くスペースが空いていて、物資置き場にもなっている。
アッシュの家に届ける食料や消耗品の他、前は切り出した木材もここから乗せて運んでいた。
森の入り口から馬車停まりまでの道は、荷物の運搬用に切り開いたものだ。
馬車が通れる程度には広いが、道そのものはさほど整備されておらず、でこぼこの悪路だ。お陰で、ここに来るまでの半刻足らずで、ラエラのお尻はだいぶ酷い目に遭わされた。
馬車から降りたラエラは、固まった体をほぐすように背を伸ばし、じんじんするお尻をそっと撫でた。それから、周辺をぐるりと見まわした。
「ここが・・・」
ラエラも、そしてヨルンも、話には聞いていたが、森の家を実際に見るのは初めてだった。
先を歩く私兵たちの一人が、アッシュの家の扉をノックする。が、返事はない。
再度ノックし、今度は私兵が大声で来訪者の―――つまりヨルンとラエラの名を告げた。だがまたも返事はなかった。
このままラエラを玄関先で立たせっぱなしにするのを、ヨルンが良しとする訳もなく、ヨルンは扉でノックしていた私兵に合図を送った。開けて中を確認しろという意味だ。頷いた私兵が、扉の取っ手に手を伸ばした、その時。
内側から扉がガチャリと開いた。
中から現れたのは目的の人物―――そう、アッシュだった。
ラエラにとっては、約7年ぶりの再会。ヨルンはおよそ5年ぶりになるだろうか。
アッシュの面差しは、月日の経過以上の変化を彼にもたらしていた。
報告では、この森の家での開墾作業に従事していた時に、怠慢で巨漢になったり、逆にガリガリに痩せこけたりしたらしいが、今のアッシュはラエラの記憶の中の彼よりかなり痩せた印象を受ける。逆に、背は少し伸びていて、まとう空気は暗かった。
夫人が切ったきり、伸ばし放題になっている髪は、今はもう背中くらいまでに伸びてボサボサだ。
顔の造作は変わっていないのに、どこか知らない人のように感じるのは、きっと、がらりと変わった雰囲気のせいかもしれない。
大きな体をした大人の筈なのに、ラエラの目には行き場をなくした迷子のように映った。
「ラエラ・・・?」
かつての婚約者の名を呼ぶアッシュの声が、微かに震えた。
アッシュはただ茫然とラエラを見つめていた。
すぐ隣にはヨルンが寄り添うように立っているのに、その存在にすら気づいていないのか、アッシュはヨルンに一切目もくれない。
無言の時間がその場を支配しかけたところで、ラエラが口を開いた。
「ごきげんよう。驚かせてしまったかしら。わたくしたちの訪問は、あらかじめ手紙で知らせていたのですけれど」
「あ・・・いや、その」
アッシュは俯きながら、気まずそうに頭を掻いた。
「手紙とかは、全然・・・チェックしてなくて」
訪問については何も知らず、玄関先でヨルンとラエラの名を口にする者が来ている事に気づき、慌てて出て来たのだとアッシュは言った。
「こんな格好ですまないが、これが一番きれいな服なんだ」
相変わらずヨルンを視線から除外したまま、アッシュはラエラに向かって続けた。
「僕に罰を宣告しに森に来たのだろう? 僕のせいで父上は片目を失なった。わざとじゃなかったと誓って言えるが・・・」
「ええ。その事については、前ロンド伯爵から既に事情をうかがっています」
「そうか、父上から・・・ああ、父上はさぞご立腹だろうな」
そう言った後、アッシュは何かを堪えるように暫く俯き、それから再び顔を上げた。
「それで、僕にはどんな罰が下るんだ? いっそ殺してくれると有り難いんだけど」
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