ただただ、真っ直ぐに





「ラエラさま。あなたをずっとお慕いしていました。僕はあなたが大好きです。けれど5歳も年下の僕の想いは、当時誰からも本気にしてもらえませんでした」



 ヨルンはラエラの前に跪き、そっと手を取ると、自分の額をその手の甲に当てた。



「ラエラさまが幸せになるのなら、義理の弟でもいいと思いました。兄の補佐をする事であなたの幸せに貢献出来ればいいと。でも、兄はあなたに愛される価値を理解しなかった。

 僕では駄目ですか? 10年前は候補にもしてもらえなかったけど、今回はテンプル伯爵に機会をもらいました。

 あと半年で僕は成人します。結婚できる年になります。ラエラさま、僕はあなたがいい。あなた以外は考えられない。ラエラさまを想う気持ちは誰にも負けていないつもりです。死んでもあなたを幸せにします。だからどうか、僕と結婚してください」



 堰を切ったように想いの丈を打ち明けると、ヨルンは口を噤んだ。


 そして、ラエラの手の甲に額を押しつけたまま、ヨルンはじっと返事を待った。それはまるで、祈りを捧げているようにも見えた。



「・・・ヨルンさま、わたくしは」



 やがてラエラが口を開いた。



「わたくしは、ずっとアッシュしか見ていなくて、ヨルンさまのお気持ちを気づけずにいて」


「はい」


「ヨルンさまを異性として意識し始めたのは、あの日、喉シロップを毒と勘違いした時が初めてでした。薄情な事に、その時の衝撃がすごくて、アッシュに抱いていた怒りや悲しみ、残っていた愛情とかも全部、どこかに吹き飛んでしまいました」



 ずっと真剣な表情を浮かべていたヨルンは、何を思い出したのか、ここで初めてふっと笑った。



「それは・・・ひと芝居打った甲斐がありましたね」


「そして、自由にしていいと父に言われて働き始めて、新鮮な体験をしました。でも時々縁談は来て・・・中には失礼な人もいらっしゃいました」


「テンプル伯爵から聞きました。グスタフ・ケイシーですね。彼は今も相変わらず、元気に平騎士として働いていますよ。ああそう言えば、最近また・・大ポカしたみたいですね」



 どうやら、グスタフはまだ騎士爵位をもらえていないようだ。その日を当てこんで、ラエラを妻にと言っていたのに。



「アッシュもグスタフさまも、わたくしの事を強い人だと言いました。決めつけて期待して・・・そして勝手に失望するのです。『君は強いひとだから』『強いひとだと思ってたのに』。褒め言葉で言っているのではない事くらい、わたくしにも分かります」


「ラエラさま」



 気がつけばヨルンは立ち上がっていた。そして、その高身長の体を折り曲げて、ラエラを抱きしめた。



「僕の中では褒め言葉ですよ」


「え?」


「ラエラさまは芯のある女性です。優しく、勤勉で、しっかりと教育を受けた賢い人で、間違った事に屈しない強い人です。そして、僕が10年前から焦がれてやまない人」



 上からかぶさるように抱きしめられているせいか、ラエラの耳元近くでヨルンの声が聞こえてくる。熱も、息づかいも、無視する事ができないくらいに鮮明で。



「ラエラさまは、強く美しいひとです。困難に屈しない、眩しいひと」



 ―――ああ。


 同じ言葉なのに、どうしてこうも違うのか。



 強さを、蔑ろにする免罪符のように捉えるのではなく。他の人を優先する言い訳に使うのでもなく。


 ヨルンはただただ真っ直ぐに、ラエラの強さを讃えてくれる。



「ヨルンさま、わたくし・・・」



 ラエラも手をヨルンの背に回し、そっと抱きしめ返した。



「ヨルンさまが18歳になった時、わたくしの隣に立っている素敵な夫は、あなたがいいと思います」


「っ、ラエラさま・・・っ」


「だからどうか、わたくしをヨルンさまの妻にしてくださいませ」



 ヨルンはぴくりと身じろいだが、ラエラは回した手にぎゅっと力をこめて、離さないようにした。


 だって、きっとラエラは今真っ赤になっている。こんな顔、恥ずかしくてヨルンには見せられないから。



 だから、ラエラはヨルンの胸元に赤くなった顔を押しつけて、見られないようにした。



 ―――それが、余計にヨルンを悶えさせているとも知らないで。











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