それだけが、ヨルンの希望だったから



 ラエラをお嫁さんに迎えられる(かもしれない)という希望をより確実にする為、ヨルンは頑張った。



 まずはロンド伯爵家の醜聞を最低限に抑える為に、社交を制限。


 特に何を言い出すか分からない現在進行形で血迷っているアッシュは、父伯爵に頼んで軟禁措置を取ってもらい、卒業式すら欠席させた。托卵疑惑のリンダに至っては言わずもがなだ。リンダ本人は、妊娠中の身体を慮っての自室安静だと思い込んで喜んでいたが。


 バイツァーは陰で監視をつけ、暫くの間泳がせた。この時に得た情報が、計らずも後のバイツァーの逃亡時の対策に役立った。そう、バイツァーは逃亡した。彼は屋敷の女性使用人たちにも粉をかけていて、その中の一人が手を貸したのだ。


 けれど程なくして、バイツァーは女友達の家から叩き出された。

 恐らく女関係で揉めたのだろう、片方の頬を赤く腫らして通りを歩いていたバイツァーを、見張っていたロンド伯爵家の私兵が捕縛、連行した。



『リンダとはとうに別れているのです。疑われるのが嫌で逃げてしまいました。怖かったのです』



 派手な美形が、大げさに悲しげな顔を作って嘆く。それに騙される女性は多いのだろう―――もし、その場に一人でもいたならば。


 だが、取り調べ担当も監視も、全員が男性兵士。地下牢に捕えられてしまっては、女性使用人と接触する機会もない。結果、バイツァーの二度目の逃亡は起こらなかった。




 一度流産しかけたものの、なんとか保ちこたえたリンダが出産し、赤子の容姿から呆気なく托卵が確定した。


 この罪に対するトムナン男爵の態度は潔く、バイツァーの家族もまた言い逃れもせずに財産を差し出した。

 更には、親戚筋の子爵までもが現れて、詫びをしたいと言うものだから、基本的に人の好いロンド伯爵は、つい穏便に事を納めたくなってしまった。



 だから、ヨルンは二段階の罰を考えたのだ。


 一つ目は、父伯爵にとっては十分に厳しく思えるもの。けれどヨルンに言わせれば、アッシュが―――いや、リンダやバイツァーでさえ、真面目に働いている限りはそれなりに生きていける、緩く楽な処罰だ。

 しかも、三人の中では最も被害者側に近いアッシュには、(本人は絶対にそう思わないだろうが)有利な立場が与えられる。


 二番目の罰は、リンダとバイツァーの二人にとっては致命的と言えるもの。医学研究の為の人体実験要員として、文字通り死ぬまで研究所からは出られない。今まで三年保った人はいないと言う。

 アッシュに関しては、判断を父伯爵に委ねる事にした。森の家に幽閉するか、期間限定の人体実験要員にするか。情に絆されやすい父ならば、どちらを選ぶかは分かり切っていた。


 ロンド伯爵はきっと、一度目の罰で彼らが反省し、行いを改める事を望んでいたのだろう。

 だが、流されやすいアッシュは、諫める者が誰もいない状況で、どんどん自分に甘くなっていった。

 そして、快楽に弱いバイツァーとリンダは、監視されなくなってすぐに男女の行為に耽り始めた。食事は運ばれてくるものの、足は鎖で繋がれているのだ。室内で性行為に耽る以外に、思いつくものはなかったのだろう。



 一度目の罰で反省を示さなかった彼らは、責任感のある真面目な家族親族から、完全に見放された。二度目の罰が下っても誰も庇わないし、むしろ一度目の温情ある処断を感謝された。



 その間ずっと、ヨルンはラエラに会いたい気持ちを堪えてひたすら勉学に励み、同時進行で後継者教育もこなした。

 一年に一度だけ贈る薔薇の花だけが、ヨルンの希望だった。


 一年早く卒業したからと言って、成人が早まる訳でもないし、結婚可能な年齢も変わらないのに、それでも少しでも早く大人になりたいヨルンは、飛び級制度を使って学園を二年で卒業した。


 そして、その頃ラエラが仕事帰りの馬車を途中で降りて街歩きをしていると聞いて、こっそり見守る事にしたのだ。危ないからと言い訳して。


 身バレしないように、フードを深くかぶり、危なっかしい場面でちょこっとラエラの手助けをする。剣術は習っているが、騎士ほどの腕前はないヨルンは、万が一を考え、自分の護衛を後ろに置いた。そして、何かあったら自分ではなくラエラを助けるように命じた。


 それはそれでとても楽しくて。けれど半年くらいで結局バレて。



 ラエラの父であるテンプル伯爵は少し呆れていたけれど、それでも許可をくれて、予定より少し早い告白と求婚を、今からヨルンはするのだ。


















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