結婚前の一波乱
その後ラエラは、年毎の誕生日の赤い薔薇のお返しに、今まで渡せずにいた誕生日の贈り物四つを、やっとヨルン本人にあげる事が出来た。
ヨルンとラエラの婚約はその週のうちにまとまり、二人はめでたく婚約者となった。そして、結婚式はヨルンが18歳になって伯爵位を継承してからひと月後に決めた。
ヨルンの希望もあってかなり急いだ為、準備期間は半年ほどしかない。
仕事は、ラエラが希望するなら続けて構わないとヨルンは言ったが、ラエラは一つの区切りとして辞める事にした。ひと月の間に後任に引き継いで、それからは本格的に式の準備に取りかかる。
アッシュとの婚約破棄から四年と半。
アッシュとリンダが巻き起こした醜聞はすっかり忘れ去られていたけれど、ヨルンの爵位継承、そしてラエラとの婚約で、かつての話を思い出す人もちらほらいた。
そのうちの何人かに、嫌味や嘲笑めいた言葉をかけられる事が何度かあったが、ラエラが毅然と対応しているうちに、少しずつなくなっていった。
だから今回、茶会でとある令嬢に絡まれた時も、その一人だろうとラエラは思ったのだ。
だが、その令嬢―――アンゲリー・トミナは違った。
アンゲリーは子爵家の次女で、ヨルンの学園での同級生だった。と言っても、ヨルンはさっさと飛び級試験を受けていたので、同じクラスだったのはたったの四か月。
ヨルンとは、挨拶程度の言葉しか交わしていない。
だが、学年が変わった後も学園内のヨルンの姿を追いかけ続けたアンゲリーは、ヨルンへの尊敬や憧れを恋心へと変換させていたようだ。
そんな令嬢の事など知らないラエラは、テンプル伯爵令嬢として、そして後のロンド伯爵夫人として、人脈を作る為に出席した茶会で、アンゲリーと同席になってしまい、ネチネチと絡まれる事態となった。
「5歳も年上のおばさんが、ヨルンさまに釣り合うと思っているのかしら。ヨルンさまがお可哀想だわ。身の程をわきまえて、早く辞退される事ね」
わざと茶をこぼされ、シミがついてしまったドレスを見て、ラエラは思わず溜め息を吐きそうになった。アンゲリーが満足するだけだから、咄嗟に堪えたけれど。
「早く帰ってお着替えになったらいかが? すぐに洗えば、そのセンスの悪い地味なドレスも、もう一度くらいは着られるかもしれませんわよ?」
アンゲリーは、倒したカップを元に戻しながら、茶色のシミがついたラエラのドレスを馬鹿にした。ラエラは扇で口元を隠し、目をスッと細めながらアンゲリーに向き直った。
「そうね、そうさせていただくわ。せっかくのヨルンさまからのプレゼントでしたのに、アンゲリーさまの粗相でシミが出来てしまって残念だわ。ご自身でデザインされたドレスですもの。アンゲリーさまのお言葉をお聞きになったら、ヨルンさまはさぞがっかりされる事でしょう」
「え? デザイン?」
「この件は、テンプル伯爵家とロンド伯爵家の二家から抗議させていただきますわ。わたくしだけでなく、ヨルンさまの意匠を馬鹿にされて、黙っている訳にはいきませんもの」
「あの、ちょっと待って」
「センスは人それぞれだと思いますので、アンゲリーさまのお好みをどうこう言う気はありませんが、わたくしはヨルンさまのセンスは素晴らしいと思っておりますわ」
「そう言う意味じゃ」
「それでは失礼、早くこのシミを落としたいので」
ヨルン大好きのアンゲリーには、これだけでも十分な打撃になるとラエラは思っていたが、後で報告を聞いたヨルンの反応は違った。
ロンド伯爵家からもしっかり抗議を入れ、ドレスの弁償金の請求をした後、ヨルン直筆の手紙がアンゲリーに届けられた。
それを読んだアンゲリーは泣き崩れ、その後は夜会や茶会などで、ラエラやヨルンに決して近寄らなくなった。
一体どんな手紙を書いたのか、ラエラはヨルンに聞いてみたが、彼は薄く微笑むだけで答えてはくれなかった。
―――でも、確かにわたくしはヨルンさまより5つも年上だもの。面白くなく思う令嬢たちがいて当然だわ。
そう思ったラエラは、その後も令嬢たちへの対応に気を引き締めたのだが。
ヨルンが全く違う心配をしていた事には気づかなかった。
だって、思いもしなかったのだ。
若き伯爵当主のヨルンならともかく。
23歳の、結婚適齢期を過ぎたキズもの令嬢を狙う人がいるなんて。
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