八 そして玲奈
翌日、九時。
三田中の愛人の玲奈は関係者を装って中野の警察病院に入り、何食わぬ顔で階段を昇った。ここには監視カメラが無い。
「新井慎司に会えますか?」
あんな新井慎司のために警護するなんてご苦労なことだ・・・。
五階外科病棟で、玲奈は病室のドアの左側の椅子に腰かけている刑事に声をかけた。
「今、回診中です。もうしばらく待ってください」
そう答える刑事の他に、ドアをはさんだ側に警官が座っている。通路の天井と天井に近い壁には一定距離を保って全方位型の監視カメラがある。監視カメラは新型だ。高性能集音器内蔵だろう・・・。
刑事は玲奈に訊いた。
「あなたと新井慎司との関係はなんですか?
職務上の質問でしてね。役職にかかわらず皆に訊いているんですよ。
たとえ警察庁のトップでも、身元を確認してますから・・・」
刑事は上からの指示に従って今回の新井慎司に関係する事件を指示通りに行っているだけで良くは思っていなかった。三田中の関係者全員をしょっ引いて尋問すれば、事は簡単なはずだ・・・。そう思っていた。
玲奈は今回の新井慎司が交通事故に遭った件で、刑事が上から特別な指示を受けたのを直感した。いずれそれとなく訊きだしてやろう・・・。
「新井慎司の叔母です。職務とはいえ、大変ですね」
玲奈は、刑事が監視監視カメラを見ていた事から、監視カメラは特殊なカメラで、映像と音声だけでなく、あらゆるデータを記録しているのだろうと思った。早く事をすませねばならない・・・。
「さあ、行きましょう・・・」
病室のドアが開くのを見て、刑事が椅子から立った。
出てきた医師は刑事にうなずいて注意する。
「面会は十分程度ですよ。興奮させないでください」
「今の状態はどうですか?」
玲奈が新井慎司の症状を尋ねた。
「顎の骨折と腰骨の骨折、腰椎の変形、首の捻挫です。脳にも心臓にも損傷はないです。今後は、脳と心臓も、経過観察して定期検査しましょう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
玲奈は身内らしく、ごく自然に医師に御辞儀した。
「面会は十分です。君、監視してください」
医師は看護師にそう言って看護師が病室に留まるよう指示し、その場から去った。
「刑事さんも、看護師とともに席を外しください」
玲奈がそう言うと刑事が看護師に指示した。
「そうはゆきません。あなたは外で待っていてください」
刑事が看護師にそう言うと、
「わかりました十分後にまた来ます」
看護師は病室から出ていった。
病室に入ると玲奈は持参した紙バッグをベッドサイドテーブルに置いた。新井慎司は顎と首と腰をギブスで固定しているため動けず話せないが、目は玲奈に対する恐怖を語っている。
「飲み物を持ってきたから、飲んで、早く元気になってね」
玲奈は新井慎司に微笑んだ。
新井慎司は目を見開いて刑事を見た。
「ほいつを、おいだへ!(こいつを追い出せ!)・」
何か言いたいらしい。
「早速、飲みたいらしいね」
刑事はベッドサイドの戸棚から、紙コップを2個取った。そして、玲奈が持参した紙バッグの中から、リンゴジュースを取りだして、紙コップに注ぎ、ストローをコップに入れた。
「あめだっ!ほおさへる!(だめだ!殺される!)」
新井慎司は玲奈を睨んでいる。この目は敵意の目だ。新井慎司は叔母に敵意を持っている。この女が叔母ではないなら試す価値はある・・・。
刑事は患者の警護を指示されただけで患者が関連してる事件には無関心だった。
「叔母さんもどうぞ・・・」
刑事はジュースの紙コップを玲奈に渡した。
「いえ、私はけっこうです。刑事さんが飲んでください」
「私は職務中ですから、飲食はできません。叔母さんが是非・・・」
玲奈の額に汗が滲んだ。病室内は空調が効いている。暑くはない。
この女は何を緊張してる?やはり・・・。
刑事は女の態度を不審に思った。
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