15話 夏楓さんは不満げ

 ボーリングに行く日が五月四日に決まり、その日の放課後。僕は部室でパソコンと向き合っていた。


「奏音くん。私だけど、入っていい?」


 突然、部室のドアをノックする音と共に夏楓さんの声が聞こえた。


「夏楓さん? 入っていいですよ」


 来るはずの無いと思っていた人の到来に慌てる。そして部活の途中にでも抜け出してきたのか体操着姿であり、入ってきた夏楓さんの顔は少し神妙だった。なにかあったことをすぐに察した僕は夏楓さんをソファーへと誘う。


「そんな顔してどうしたんですか。とりあえず隣に座ってください」

「うん」


 そして隣に座るや否や、夏楓さんは僕に抱き着いてきた。


「おわっ」


 どうにかバランスを保ち、押し倒されるのは回避したものの、夏楓さんは僕の体に腕を回して離れようとしない。いろいろ当たってまずいのですが……。


「ゆっくりでいいですから、話したくなったら話してください」


 時間が必要だと思い、夏楓さんの綺麗な黒髪を撫でながら待つ。


「お出かけ、しよ」

「?」

「初デートまだじゃん私たち。みんなで行くボーリングが初デートは嫌だ。二人だけで初デートしたい」


 やがて頬をぷくぅーと膨らまして夏楓は話し始める。なにそれ。可愛い。


「ああ。そういうことですか。……夏楓さん」


 部室であることなど関係なく、しっかりと夏楓さんを抱きしめながら彼女の目を見て僕は話す。


「ごめんなさい。確かに、初デートは二人で行きたいですよね……。いままで気づかなくてすみません」

「ううん。これは私のわがままだから」

「いえ。いいんです。そんな可愛いわがまま言われて、僕、いまめちゃくちゃ嬉しくて」

「ふふっ。そうなのね」


 夏楓さんの顔に笑顔が戻る。


「はい。でもとりあえず、この話は部活の後にしましょう。部活終わったら帰る準備してここに来てください」

「あっ、そうだった。今は部活の時間だったわね」

「忘れてたんですか」

「あはは。さっき初デートがみんなで行くことになるのは嫌だなぁって気づいて、そしたら抑えきれなくて、沙那に任せて抜け出してきちゃった☆彡」


 夏楓さんのお茶目な、してやったり顔に心臓が跳ねる。ああ、可愛い。やばい。これは抑えきれないかも……。


「だめですよ夏楓さん。これで今日の部活も頑張ってください」


 そう言って僕は勢いに任せて夏楓さんの頬に……。


「えっ。えっ。今。今」


 驚きで夏楓さんが制止する。そして僕は今更自分がしたことの重大さに気づいて恥ずかしくなる。考えてみれば、初口づけだ。なにやってるんだ僕は!


「ご、ごめんなさい。つい、夏楓さんが可愛くて」

「えっ。あ。ううん。ありがとう。じゃあ部活行ってくるね」

「あ、はい。待ってます」


 そう言うや否や、顔を真っ赤にしながら逃げるように夏楓さんは部室を出ていった。

 その後、僕も恥ずかしさが更にこみあげてきて、悶えたのは言うまでもない。



 




 ☆☆☆


 「まうすtoまうす」はもう少し先かなぁ。

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