8話 ようこそ部室へ②

 なにを読んでいるのか気になって夏楓さんの読む本の表紙を見る。文芸部の部員は今年の新入部員の僕一人だけ。よって僕以外の誰も部室の本棚に触ることがないために、この部室にある本はすべて場所も含め把握済みである。


「あぁ。それ最近映画化しましたよね」


夏楓さんが読んでいたのは、戦時下の一人の少女と特攻隊員との間の恋を書いた恋愛小説であった。最近映画化し、とてもヒットしていると聞いている。


「えっ。そうなの!知らなかったぁ」


なんだ、知らずに読んでたのか。


「なんか表紙に惹かれちゃって」

「夏楓さんは恋愛小説が好きなんですか?」


僕は淹れた紅茶を一口飲んで聞く。


「うーん。どうなんだろ。前はあんまり本とか読まなかったからなぁ。最初から分厚い本読むのはハードだし、気づいたら文庫型の恋愛小説ばっか読んでるって感じ」

「なるほど。この本棚、意外に恋愛小説多いんですよね。前の部員が集めてたりしたのかな」

「意外に今まで聞いたこと無かったけど、奏音くんは何読むの?」

「僕はどろどろした人間関係を書いた本とかが好きですね。大人のこじれた恋とかそういうの。最近は「汝、星のごとく」が一番印象に残ってます」

「あぁ。それ知ってる。この前本屋覗いたときにレジの横にめっちゃ積まれてた。店員激押しの一作!って」

「本屋大賞を取りましたからね。とても面白かったです」

「私にも読めるかなぁ?」

「どうでしょう。ちょっと大人向けな本ですし、内容も少し難しいですし、人によっては途中で飽きちゃうかもしれませんね」

「そっかぁ。まだやめとこうかなぁ」

「そのほうがいいかもですね」


せっかくなので僕も今日は本を読むことにした。鞄から読みかけの本を取り出して夏楓さんの横に座る。すると夏楓さんの頭が、こてんとこちらに倒れてくる。僕の肩に頭を預けつつ、本を読む。なかなかに器用だなぁとどうでもいいことを考えつつ、僕以外誰もいないことで甘えてくる夏楓さんを抱きしめたい欲に駆られながらも、読む邪魔をしてはいけないと自分を戒めて、僕も本に目線を戻したのだった。

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