第五話 「己の責に終止符を」

今俺は古水たちの元を離れある場所に来ていた。



「おつかれ愁」


「愁くんお疲れ様です」


「はあ…もうやらねえからな、龍二」


「すまんすまん、でもその分の報酬はあるからさ!」


「龍ちゃん、多分そういう問題じゃないと思う」


龍二は頭にハテナを浮かべた。ここは榎田えのきだ探偵事務所、龍二が住み込みで働いている小さな探偵事務所。龍二によると最近は仕事も一人で任されているらしい。まあ一人と言っても働いているのは龍二とその榎田って人の二人だけだ。そうして俺は龍二と出会ったときのことを思い出す。





数週間前:飯田病院前駅



「は~検査だけってどれだけやらせんだよ、もう一時じゃねえか」



俺はその日、自宅から少し離れた飯田病院で検診を受けその帰りであった。龍二たちとはその時に出会ったのだ。



「お、愁じゃねえか!」



声の方向には龍二と猫屋敷がいた。きっとデートの途中であったのだろう、二人からはよそよそしさが感じられる。



「こっちで何してたんだよ、病院か?」


「そう病院。お前は彼女と何してんだよ」



俺がからかうようにして言うと龍二は顔を赤くする。



「ま、まだ付き合ってない!」


「ほ~ね〜」


「まあまあ愁くん、そんな言ってやらないでください。そうだ!私たち今からあそこの喫茶店に行こうとしてたんですけど、どうです?」



落ち着いた声で猫屋敷が言う。俺はちょうど腹が減っていたのでその誘いを受け喫茶店に行くことにした。



「で、お前は今まで何してたんだよ」


「実はあれから色々あって今はこういう仕事をしてるんだ」



そう言って龍二はポケットから名刺を出してきた。榎田探偵事務所、今考えると胡散臭くて仕方がない。



「探偵!?お前が?」


「そんなに驚く事じゃないだろ」


「いや、龍ちゃんの今までを考えたら驚くと思うよ」


猫屋敷にそう言われた龍二は頭を掻く。「今まで」か、龍二は猫屋敷にあのことを話してはいるのだろう。龍二と話すのは二年ぶり、あのときと比べ口調がだいぶ丸くなった気がする。それから少し雑談をしていると猫屋敷がお手洗いに行くと言って席を外した。



「で、何が言いたいんだ龍二」


「なんだ、気づいてたのか」



龍二は会った時から何か言いたげな顔をしていた。きっと猫屋敷もそれを察して席を外してくれたのだろう。そして龍二は一呼吸置いて話した。



「お前、どうしてわざわざ飯田病院に通ってんだ」


「別にいいだろ?患者が通う病院を決めちゃいけないなんてルールは無いぞ、中退だからってそれぐらいは知ってるだろ」


「違う、俺が言いたいのはお前が俺のせいで金まで掛けてこっちに来てるのかって話で…」


「はいはいストップ。お前はそうやってすぐ自分を卑下するな〜逆に俺はお前に感謝してるんだぞ?」


「感謝?」


「考えてみろよ、もしお前のあれが無かったら今頃あのヤブ病院に通い続けてたかもしれないだろ」


「そうか…確かにそうだな」



龍二は楽しそうに笑った。



「良かったよ、愁が昔みたいにしてくれて」


「良かったって、別にお前中退の事気にしてなかっただろ」


「ああ、全然。逆に勉強しなくて良いってなってあのときは嬉しかったな〜」


「嬉しかったじゃないよ龍ちゃん」


「猫屋敷!?いや、今のはそのー」



『龍二は尻に敷かれる側』俺はそう心のメモに書き写す。それからというもの、龍二とは絡む回数が増え頻繁に連絡を取り合うようになった。そして話は猫屋敷の水商売の件に移る。


実は猫屋敷の話をした日、俺は心配して龍二に連絡を取った。すると龍二は「猫屋敷の妹に信頼されたいからこの計画を立てた」と申してきてそれを現実的なものにする雰囲気作りをしてほしいと懇願してきたのだ、俺はそれぐらい自分でやれよと思ったが仕方なくそれを引き受けた。これが今日までの一連の流れだ。





現在:榎田探偵事務所



「それでどうだった?」


「何が?」


「何がって姫ちゃんのことに決まってんだろ」


「あーそれね、なんとか信頼は置いてくれたみたいだよ」



龍二は安心したのか「ふー」と息をつく。そもそもなんでこいつはそんなに信頼されたがってるんだ?俺はそう思ったが一応聞くのは辞めておくことにした。



「それで愁くんはこれからどうするの?」


「ああ、そろそろ行くよ、遅すぎると古水が怖いから」


「あと、岸宮さんもな」



俺をからかうように龍二が言う。岸宮、そういえば彼女の怒る姿は俺も見たことが無い。そもそも彼女は怒ったりするのだろうか。俺が龍二の態度を無視してそう考えているとポケットに入れていたスマホが振動と共に鳴り始めた。



「誰だ?」


「古水。もしもし?」


「愁どうしよう!」



古水は声を荒げる。



「落ち着けって何があったんだ?」


「それが、今みんなで買い物をしてただけど気づいたら楓ちゃんと姫ちゃんが消えてて、楓ちゃんからのメールに九重愁と和泉龍二をこの場所に連れて来いって」


「拉致か…分かった、古水は住所を送った後警察に電話してくれ、返事があるまでは待機させる事忘れんなよ」


「うん、分かった」


「おい龍二今の話聞いてたよな、お前この犯人に心当たりはないか?」


「きっと神田のやつだ」


「神田?あの神田か?」


「ああ、実は最近神田が雇ってるゴロツキ集団に絡まれることが多くてな…仕事中もお構いなしに殴りかかってきて困ってたんだ。だから手加減はいらねえぞ」



俺は龍二の言葉に頷く。それにしてもゴロツキか…本当に手加減はできそうに無いな。



「まあ早く行こう、猫屋敷さんは…」


「私も行く」


「いや、これは危険なんだよ空」


「それは二人だって同じでしょ」



猫屋敷は覚悟を決め龍二のことを見つめる。それに折れたのか龍二は彼女も連れて行くことにした。



「本当に良いのか?」


「あの状態の空はもう言うことを聞いてくれないよ」


「そうなのか…まあお前が言うなら俺は何も言わない。それより急ごう、お前確かバイク持ってたよな?俺はタクシーで行くからお前らはそれで…」



そのとき、繋げたままであったスマホから岸宮が怒鳴り声をあげて阻止した。俺は初めて聞いた岸宮の声に圧倒され何も言葉が出ない。少し静寂が続いた後岸宮が真剣な声で話す。



「すみません急に怒鳴ってしまって。でもお願いです、3人でタクシーに乗って来てください」


「わ、分かった」


「私の我が儘を受け入れてくれてありがとうございます。ではまた」



そう言って岸宮は電話を切った。何故岸宮はそんなお願いをしたのか圧倒された俺は理解が追いつかず糸が切れたように立ち尽くす。そんな俺を見た龍二は強引に俺の腕を引っ張った。



「愁、すまんが今は急いでくれ。もう空がタクシーを呼んでる」


「…すまん、行こう」



そう言って俺たちはタクシーに乗りその場所まで急ぐ。





夕方:砦下港三番倉庫



「ここが指定された場所か…」



港の倉庫…まさにドラマのような展開だ。その場には磯の香りが漂い波風が漂っている。



「古水たちは?」


「あいつらには警察と一緒に居てもらってる」


「そうか…じゃあもう開けるぞ」


そう龍二が確認をして俺と猫屋敷は頷く。それを見て龍二は倉庫の扉を思いっきり開けた。そこには俺と龍二を知る人物が居た。



「久しぶりだな、覚えてるか?」



神田智かんださとし龍二を中退させた張本人だ。



「やっぱお前だったか神田」



そう言って龍二は足を一歩前にやる。



「動くな!お前ら二人の妹の命は俺の手の中だ」


「二人って…姫ちゃんは猫屋敷の妹だぞ」


「う、うるさい。馬鹿にしやがって…ハ、まあ良い、これを見ろ!」



神田はニヤリと笑い倉庫の上の階に指を指す。すると急に明かりがつきそこには楓と姫ちゃんが手を縛られ座っていた。



「お兄ちゃん!」


「ガキは黙ってろ!今からは大人の話し合いだ」


「何が目的だ神田…」


「決まってるだろ、お前らをするためだよ」


「………い、今頃?」



神田のやつ、あの頃からは少しだけ頭を使うようになったと思ったらこれか…流石に気が引けるな。なんか緊迫した雰囲気だったのにそれが嘘みたいだ。


すると、それに怒った神田が怒鳴り声を上げ、裏口にスタンバイさせてたであろうゴロツキたちがぞろぞろと倉庫に入ってきた。



「お前ら、俺を笑いやがって許さないからな!」


「いや、笑ってないって」


「うるせえ、殺れお前ら!」


「空!そこ動くなよ」


「うん」


「おい愁、訛ってねえだろうな」


「ああ、まだ現役だ」


「よし、じゃあ一瞬で終わらせるぞ!」



そう言うと龍ちゃん達はゴロツキに向かって飛びかかる。しかしなんというか、ゴロツキが可愛そうになるぐらい龍ちゃん達は強力で、相手が人質に使っていた人達をも使うぐらいに圧倒していった。



「な、何してんだよお前ら、こんな奴らに!」


「これでお前一人だけだな神田、さっさと楓たちを開放しろ」


「ハハ、でも大丈夫だ、俺にはこれがあるからな」



神田はぶつぶつと言いポケットに入れていた物を出して姫ちゃんのこめかみに押し付ける。



「お前らこれが見えるか!」


「拳銃…」


「フッ、ビビってるみたいだな。俺はとっくに覚悟出来てんだよ!」



どうやら神田の覚悟というのは本当のようだ。



(どうする、このままだと神田に逃げられる。だからと言って下手には動けない…ドラマだと安全装置セイフティがどうたらと言うところだがそんなの通用するのはあの世界だけだ。もう諦めるしか無いのか?)



俺はそう思い龍二の方を見る。しかし龍二の様子は先程と大きく異なっていた。息を荒くしながらその場に倒れ込み、瞳孔を大きく広げ大量に汗を掻いている。



「はあ、はあ、はあ」


「龍二?おい、聞こえてんのか?」



俺が龍二の肩に手を置こうとすると龍二は頭を抱えながら叫びだした。今までの人生こんな姿の人間は見たことがない。神田はうろたえ、空は怯えている。しかし少し経って龍二は落ち着きその場に立ち上がった。



「龍二、大丈夫か?」


「ああ、すまんな…おい!神田」


「な、なんだ!そ、そんな猿芝居、俺には通用しないぞ」


「大丈夫、通用するから」



そう言って龍二は神田の方に歩き出した。



「おい、近づくなって言ったろ、殺されてもいいのか!」


「殺す?はっ、笑わせるな」


「どうゆうことなの…龍ちゃん?」


「あれは本物によく似た『モデルガン』だ。そしてモデルガンには殺傷性は無い、まあ当たれば腫れたりはすると思うがな」


「ちょ、ちょっと待て龍二。なんでお前そんな…」


「は!?これモデルガンなのかよ!」


「は?いや、ええ?」



俺はこの状況を一つも理解できない、いや理解が追いつかないと言うのが正しい。一体全体どうなってるんだ…



「いや、でも腫れはするんだよな……じゃあ捕まる前に道連れ…あれ?何処行った」



その時だった、神田が確認をするのと同時に姫は神田に向かって足蹴りをした。そして神田はその衝撃で二階から落ち、下で待ち構えていた愁くんと龍ちゃん二人に思い切り顔面を殴られ神田はその場に倒れ込んだ。



「な、なんなんだよ」


「それだけは俺も同じ意見だよ…」



こうして、神田は警察に逮捕された。しばらくして龍二に聞いた話によると、神田の親がやっていた神田総合病院も名前と医院長が変わる事態となったそうだ。こんなことをしたんだ、当然の報いである。


そしてその後、警察からの事情聴取を終えた俺たちは古水たちと再会し、古水は泣きながら二人に抱きつく。俺はそれを見ている岸宮に話しかけた。



「き、岸宮…」


「愁くん…先はすみませんでした。急に怒鳴ってしまって」


「それは別に良いんだ、俺が聞きたいのはなんであんなお願いをしたのかってこと」


「いや、大したことじゃありませんよ。ただ三人同時に行ってもらいたくて」


「そんな理由なのか?あの時のお前からはそんな感じしなかっ…」


「まあまあ愁、もう終わったことだし良いでしょ?」


「そうだよお兄ちゃん。それに姫ちゃんに感謝しないとじゃない?」


「…そうだな」


「確かに姫ちゃんのキックは凄いもんだったぜ、あんなの食らったら一溜まりもない」



龍二はそう言って身震いをし、その言葉を聞いた楓は不思議そうに言った。



「あれ、空さんから聞いてないんですか?姫ちゃんは空手で日本3位ですよ」




楓ちゃんがそう言うと愁くんたちはその場に固まった。私も聞いた時は嘘だと思っていたから気持ちが分かる。



(それにしても今のは御代ちゃんに助けられた…後で御代ちゃんにはお礼を言わないと)



私はそう思いながら愁くんの方を見た。そう、私たち二人はお互いの秘密を知る共有者になったのだ。愁くんには言うことの出来ない共有者に……



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