第四話 「偽竜」

「お兄ちゃん起きてー」



一階から楓の声とソーセージの良い匂いがする。俺は髪を手で解かしながら階段を降りた。



「おはようお兄ちゃん」


「おはよう」



楓がエプロンを着けたまま椅子に座っている。俺はあくびをしながら返事をし、楓の向かいに座った。



「じゃあいただきます」


「いただきます」



マーガリンを塗った食パンを咥えながら俺はテレビを見る。テレビのニュース番組には今週の特集が放送されている。



「今週のラインナップはこちら………」


「今週はあまり縁起が良いとは言えないニュースばかりだな」


「こういうニュースを見るとさ、私って何も知らないんだって思うんだよね」


「当たり前だろ、俺だってお前のことをすべて知ってるわけじゃないしな」



俺は卓上のコーヒーを飲みながらテレビに視線を向ける。



「私だって…」


「ん?なんか言ったか?」


「ううん、なんでもない」


「そうか」



なんだろう、最近お兄ちゃんに違和感を感じている、それは話を聞いていないことが多いのだ、今もそうだし4日前に説教した日もそうだった。まあ昔からよくあったし何の問題もないだろう。


「それで、お兄ちゃん今日は約束の日だね 」


「ああ、そうだな。そろそろ準備するか」



約束の日、それは3日前に遡る。





放課後:駅前ファミレス



「今言ったことが楓ちゃんにも話したことです。」


「私達が聞いた話と一緒ね」



岸宮と俺は頷く。



「じゃあ猫屋敷…空さんはお家ではいつもどのような感じなんですか?」


「お姉ちゃんはいつも猫ちゃんたちと一緒にテレビを見てます。最近は韓国ドラマにハマっているそうで特に『君の瞳』っていうドラマに出てくる…」


「姫ちゃん、いつもの出てるよ」


「す、すみません」



姫ちゃんは恥ずかしそうに顔を赤面させた。楓が「いつも」と言うってことはよく話しているのだろう。



「それ以外に何か変わった事とかあるかな?」


「あります!それが今朝、お姉ちゃんがトイレに行ってる時、机に置いてあったお姉ちゃんのスマホに通知が来たので気になって見たんです。そしたら男の人からの連絡で『土曜日に会えない?』って」


「それは怪しいですね…」


「でも逆にその男がどんな奴か見れるチャンスじゃない?ね、お兄ちゃん」



俺は楓の言葉について運ばれてきたコーヒーを飲みながら考える。



(確かにその男を見るチャンスではある、でも見てどうするんだ?猫屋敷に辞めとけと言う?それは彼女の行動を否定するのと同じ、ここで嫌われるのは岸宮に顔が立たない。それにそいつが水商売の相手であると今の時点では断定出来ない)



彼女たちは俺の言葉を待つように見つめている。俺は色々考えたが諦めてため息をついた。



「まあ見るに損は無いか…」



何故か古水と楓は目を見合わせて喜ぶ。そういえばこいつら探偵とかスパイもの好きだったな…そして古水は両手を合わせて土曜日に集合するように俺たちに言った。



「じゃあ今日はもう解散しようか」



そう言い俺は席を立とうとしたが隣に座っていた岸宮に袖を引っ張られた。



「岸宮?」


「あの、愁くん…その、私こういう場所に来たこと無くて…」


(なるほど、食べたいのか…)


「じゃあ好きなのをなんか…」


「いいの!」


「え、いや…」


「お兄ちゃん私も!あと姫ちゃんもね」


「いや私は大丈夫ですよ〜」


「いいの、いいの」


「お前らな〜」



俺はため息をついた。まあ姫ちゃんを連れてきたんだ、これくらいはしないとか。そう思い俺はこいつらに奢ることになった…



「じゃあ、私おばあちゃんの家に行かないとだから」


「おう、また明日な」


「御代ちゃんバイバイ!」



楓の言葉に答えるように古水は手を振りながら歩いていった。そして彼女を見送った俺は猫屋敷姉妹のことについて考えながら楓と家に向かって歩く。もう空は橙に色づいていた。



「ねえ、お兄ちゃん。やっぱり鞄持つよ」


「いいって、お前は部活で疲れてんだろ?たまにはお兄ちゃんさせてくれ」



楓は「そっか」と言い申し訳そうな顔をする。そこに暖かくなった風が目立つように静寂が訪れた。そしてそれを断ち切るように楓が足を止め言葉を放つ。



「なんでお兄ちゃんって剣道辞めちゃったの?」


「前に言っただろ、お前が俺より強くなったからだって」


「そんなはずないよ、私師範代のおじいちゃんに勝てないんだよ?」


「あのジジイ意外とやるからな…」



ピースをするジジイの様子を俺は思い浮かべる。



「まあまたいつかな」



そう言ってまたお兄ちゃんは歩き出した。「またいつか」この言葉をお兄ちゃんから聞くのは何回目だろうか…





土曜日:猫屋敷家近くの公園



「あ、あれきしみんじゃない?」


「ほんとだ、岸宮さんの服可愛い〜」



古水たちの向く方向には私服姿の岸宮が居た。なんやかんや岸宮の私服を見るのは初めてだったので俺は少し照れる。



「おはようきしみん!」


「皆さんおはようございます!」



急いで来たのか岸宮は呼吸を荒くしている。すぐ後に姫ちゃんも到着し、空が家から出るのを俺たちは待つことにした。俺と岸宮は近くのベンチに座り楓たちがブランコで遊んでいるところを見つめている。



「可愛いですね、まるでお姉ちゃんに遊んでもらってる妹みたい」


「ほんとだな」



俺たちは微笑む。そして岸宮は恥ずかしそうに俺に聞いてくる。



「…あの、愁くん」



楓たちを見ていた岸宮の視線は俺の方を向く。



「どうですか…私の服」



俺はあまりにも強烈な岸宮の言葉に赤面し手を丸めて口にやった。岸宮は俺の言葉を待つように見つめてくる。



「か、可愛いよ」


「ほんとですか!良かったです」



そう岸宮は浮かれたように両手を太ももの下に入れ体を左右に揺らす。正直可愛すぎて昇天しそうになった。その後、楓が手招きをして俺たちを呼ぶ。どうやら空が家から出てきたようだ。俺たちは慎重に彼女を追いかけて行き空はファミレス内に入って行った。



「どうやらここが集合場所のようね、どうする?」


「バレないように入りましょう」



姫ちゃんがそう言い俺たちもファミレスに入った。しかしいくら待ってもその相手が来ない。



「まだ来ませんね」



時刻は既に11時となっていた。



「どれだけ待たせるのよ!」



古水は苛立ちを見せている。俺はその古水をなだめるようにして言う。



「まあ落ち着けって、男には色々あんだよ」


「何よ色々って!」



逆効果だったようだ。俺は古水の燃える炎に油を注いでしまい我慢できなくなった彼女は空に向かって歩き出す。それを岸宮と姫ちゃんが止める。



「御代ちゃんダメです!」


「御代さん!」


「もう我慢出来ないわ!」


それに古水は抵抗する。その時だった。ファミレスに見覚えのある人物が入ってきて空の前に座った。



「ねえ愁、あいつって」」


「間違いないよ」


「何、どういうこと?」


「と、とりあえず見つかってしまうので席に着きましょう」



岸宮にそう言われ古水たちは席に着く。



「それで誰なんですかあの人?」



姫ちゃんは真剣な顔をして言った。そして俺と古水はアイコンタクトをして俺は話す。



「あいつは和泉龍二いずみりゅうじ俺たちと同じ、言ったら楓と姫ちゃんが通う砦下中で同級生だったんだ」


「なるほど、彼は他高校の生徒ということですか、それなら問題は…」


「違うわきしみん」



古水は岸宮の言葉を否定し、そのまま続きを話す。



「彼は暴力で中学校を退になったのよ」


「退学!?そんなやばい人とお姉ちゃんは一緒に居るんですか!なら止めないと」


「いや待ってくれ、この話には続きがある。」



そう言うと姫ちゃんは冷静になってくれた。



「続きってなんですか」


「あいつはハメられたんだよ」


「ハメられた…」


「そう、あいつが暴行を起こした相手は野球部の奴でさ、近くに【神田総合病院】ってのがあるだろ、そこの医院長の息子なんだよ」


「なるほど、そしてその力に押しつぶされたと」



俺は楓の言葉に頷く。



「でも、なんでやってないって分かるんですか?」


「あいつ、中学の頃よく一般の生徒を不良学生から守ってたんだ。だからあいつがやったと俺は思えない」


「それは私も同感」



姫ちゃんは俺たちの言葉に少し困惑している。それもそうだ、あんな金髪で怖い目した奴を信じろなんて方がどうかしているからな。でも俺はあいつがやっていないと確信を持っている。そうしていると龍二たちが席を外し外に出ていった。俺たちは急いで二人の尾行を続けた。



「ねえ、めっちゃ空さん龍二さんにくっついてるね」


「うん、お姉ちゃん楽しそう…」


「食事に買い物、ネコカフェか…もうなにか起きそうにないな。姫ちゃん…どうかな?」



彼女はしばらく考え答えを出した。答えは「辞める」どうやら龍二のことを信頼してくれたようだ。



「じゃあ、もう解散しましょうか」


「ああ、それなんだが俺は後でついて行くから先行っててくれ」


「どうしてですか?」


「俺、さっきのネコカフェに忘れ物したみたいでさ」


「ほんとあんたって昔からそうよね」


「すまん、すまん。すぐ行くから!」



そういって俺は古水たちの元を離れ、場所に向かった…



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