第37話 実感



「おはよ」


私に気付いた桜城さんは爽やかに笑った。


はあ・・・。

朝からなんて目の保養・・・。


って、見惚れてる場合じゃない。


「っおはようございます」


挨拶をすると「ん」と軽く頷くのは仕事の時と同じ。

だけど、その表情は会社にいる時よりも柔らかい。

そう感じるのは、この人が上司から彼氏に替わったせいだろうか。


「荷物それだけ?」

「あ、はい。・・・桜城さんは、でっかいですね(笑)」


桜城さんの足元には、そのまま海外でも行けそうなトランクが。


「俺の悪い癖なんだよなー。

あれもこれもって準備したくなるの。ホントは大野さんを見習って荷物少なくしたいんだけど」

「大野部長は荷物少ない人なんですか」

「うん。俺さ、こっち来る時あの人と引越し日が被ったんだけどさ

あの人の荷物、布団意外じゃダンボール3個くらいしかねえの。

寮だから最低限の家具は付いてるって言ってもさあ、もうシングルパックどころじゃねえよ。

普通の宅配で済むじゃんって思ったね。

去年の社員旅行もリュック1個だけだったし」

「そうなんですね」


相槌をしながら普段の桜城さんを思い浮かべてみると、確かに荷物は多いかもしれない。

会議に持っていく資料とか、他の人はペラペラのプリント数枚なのに桜城さんだけファイルを持ってたり。


「今回はちょっと邪魔くさいかもしれないけど

備えあれば憂い無しが座右の銘だと思って諦めてくれる?

これから出来るだけ改善するからさ」

「わかりました(笑)」


桜城さんは結構心配症で、仕事中も常にアクシデントを想定して考える癖がついている。

別にそれは悪い事ではないから態々指摘するほどでもない。

でも、旅行の荷物は・・・。多いと邪魔になっちゃうし。

私の方は荷物は出来るだけ少なく!最悪現地調達!って考え方の人で、無いならそこですっぱり諦めるってタイプだ。

これは持って生まれた性格もあるだろうから、これから矯正は難しいような気がするけど・・・。でもまあここは黙っておこう。

備えあれば憂い無し。良いことだ。うん(笑)


「じゃあ、行く? あ、鞄トランクの上載せていいよ。

どうせ転がすだけだし。お、早速役立つじゃん、備えあれば憂い無し(笑)」

「ふふ。はい(笑) じゃあ、こっちだけ、お願いします」


すごいドヤ顔で言うから可笑しくて、笑いながらお言葉に甘えた。

駅までの道すがらは手を繋いで、いつも社内ではざかざか早足で歩く桜城さんは今は私に合わせてゆっくり歩いてくれている。

そんな事でまた実感する。

この人が私の彼氏になったんだと。

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