第6話 甘やかし?



暫くすると、とりあえず先にと言っていた飲み物が運ばれて、男性陣にビールジョッキ、私の前にはサワーグラスが置かれる。

グラスの中でシュワシュワ弾ける炭酸がキラキラで、ろくに飲めもしないくせにいつも同じものを頼んでは桜城部長に笑われている。

みんな渡りましたかー?と入り口にいる一番後輩の子が訊くのにそれぞれ「うぃー」やら「あるよー」やら返事をして店員さんが下がると、部長は徐に私のグラスに手を伸ばした。

最初は驚いたそれにも、同じ事を何度もされれば慣れてくる。

部長はゴクッと一口だけサワーを飲んで



「よし。安定のジュースだな(笑)」



と言って私の前にグラスを戻した。



「サワーですって!」

「ま、お前には調度いいでしょ」



そんなやり取りを見た同僚が「また部長が主任を甘やかしてるー」と冷やかす。

・・・これは甘やかし、なのか。

最初にされた時はギョッとしたけど、今と同じように一口飲んで

「これ、小枝には濃すぎるよ」と言い、うっすーーーいのを頼み直してくれてからは

乾杯前の味見には抵抗しない事に決めた。

どうして私が飲めない事を知っているのか訊ねたら

「歓迎会で1杯目のサワー、チョビチョビずっと飲んでただろ。

氷も解けてんのに全然減らなくて、かわいそうだなって思ってた」って。

その次の飲み会から、桜城部長は私を隣の席に座らせ、私の飲み物は部長が一口飲んでから私に飲ませるって事が部署内でも暗黙の了解になった。

同僚達から見れば冷やかしの対象でも、味見をする本人にしてみれば「潰れられても困るからなー」って事らしく、私はと言えば色っぽい理由じゃない事に多少ガッカリしたんだった。

部長が口を付けた所は綺麗に反対側に向けて置かれたグラス。

私はいつものそれを見て、こっそり小さく溜め息をついた。



「じゃあ皆グラス持ったか?」



私のグラスの味見も終わったことだしと部長がジョッキを持って腕を掲げる。

全員がそれに倣って飲み物を持った。



「早く飲みたいだろうから挨拶は簡潔に。って事で月末乗り切りおつかれーい!

かんぱーい!!」



本当に簡潔に終わった乾杯の挨拶に全員が笑いながらジョッキを掲げ、部長の近くの男連中がカチンカチンと部長とジョッキを合わせるのに私も少し待って、最後にコツンとグラスをぶつけた。



「最後の方、酒の味すんだろ?

3分の2飲んだら、こっち寄越していいよ」



・・・優しくされるの嬉しいけど、同じくらい、切ない。



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