第4話 一応のマドンナ



部長と一緒に社屋に入ると、其処此処にいる女子社員達がチラチラと私達を見てはコソコソ話をしている。


「ほら、あの人また・・・」

とか。

「同じ課だからって、いい気になってるんじゃない?」

とか。

「全然釣り合わないのに」

とか!!


そこの女達! 聞こえてるからな!


はあ、と溜め息をつくと、それに気付いた部長は「幸せ逃げるぞ」とただただ笑って前を歩く。

誰のせいで溜め息吐いてると思ってるんだか。

ちょっと撫で肩のくせに綺麗にスーツを着こなしてる後姿を見ながらひとりごちると



「俺がカッコイイせいでごめんね(笑)」



とかまた冗談に聞こえない台詞を吐いては笑う。

笑い上戸だから、一旦笑い始めると中々止まらない。

くくくっと笑いながら業務課のドアを開けたもんだから、先に戻っていた同僚達に早々に突っ込まれていた。



「ウチのマドンナ連れて歩いたら女子の妬みが凄くってさー。

いい男って罪だなーと思ってたワケですよ(笑)」



それを真後ろで聞いた私はまたひとつ溜め息を吐く。

今日だけで来週の幸せまで全部なくなるくらい溜め息ついたんじゃないかしら。

大体、『ウチのマドンナ』って。

たまにそれ言ってくれますけどね。

この場合、ただ単にこの部署にいる女子が私だけだって話で。

可愛いとか美人だとかいう意味でなく。

それでマドンナ言われても嬉しくもなんとも無いんですけど。



「それ、部長じゃない人が言ったらぶっ飛ばされるヤツっすね!」



ほら、同僚だってスルーしてるし!

っていうか、ただ台詞だけ聞けばヒくような事ばっかり言ってるのに皆が笑顔で突っ込んで笑ってられるのは、ひとえに部長の人柄が良いからなのか人徳か。

なんだかなって気分になりながらも自分のデスクに座り溜まった書類を片付けるべくスリープにしていたPCを立ち上げる。

じゃあ、やりますかねー!

とこっそり気合を入れた直後、部長から大きな声が飛んだ。



「今日は定時で終わって飲みに行くぞー! みんな頑張れよー!」

「・・・」



目の前の書類の山を見て、無理でしょ、と私は思った。のに。



「おっしゃー!!」



部長に乗せられた男共は雄叫びを上げ、テンションもアゲアゲで仕事に取り掛かっていた。

残業続きの今週、落ちつつある士気をたった一言で頂点まで上げれるのは流石だけど。



「小枝も付き合えよ? お前の好きなとこ予約するから」

「・・・はい」



分からない。

どうして、そんなふうに言うの。


それでも、私は頷いた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る