第3話 複雑な気持ち
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結局。
「蕎麦の気分になっちゃったからさ。ちょっくら外付き合って」
「うーん・・・」
「天ぷら付けてやるから」
「分かりましたよ」
桜城部長にお昼をご馳走になってしまった。
会社から歩いて3分のお蕎麦屋さんに二人で入り、私のメニューは問答無用で海老天蕎麦にされ、部長は山菜そばを注文した筈が天ぷらをサービスされていた。
持ってきてくれた女将さんの笑顔と言ったら。
こんなところでも人気が。
「はー、美味かった」
「ご馳走様でした」
店を出て、その脇にある自販機で部長が良く飲んでるカフェラテを買いお礼がてら渡すと、目を細めて「サンキュ」と受け取る。
そしたら。
今度は部長がポケットから小銭を出し120円を入れ、指がピッとボタンを押した。
「小枝はこれな?」
渡されたのは、私が好きな冷たいミルクティー。
覚えててくれたんですね、ってそれは嬉しいんですけど、でも。
「美味しいお蕎麦の、ちょっとしたお礼のつもりだったんですけど・・・」
「はは(笑) 知ってるわ!でも今日は俺が小枝とメシ行きたかったからいいの。
素直に奢られとけって(笑)」
ぽんぽんと子供みたいに頭を撫でられてちょっと恥ずかしくなる。
ご馳走になって直後にお返しって、可愛くはない、かな。
「えっと、じゃあ、ありがとうございます」
部長を直視出来なくなって頭を下げると、上から
「まあ、そういうとこも気に入ってるけどね」って、ボソッとした呟きが聞こえた。
「え・・?」
顔を上げると「ん?」と私を見る。
気のせいではないと思うけど、でもあらためて訊き返せるセリフでもない。
気に入ってる、なんて意味があり過ぎて。
部下としてだと確信しているのに、内心少しだけ期待してる自分もいるから、
余計に聞くに聞けなくてモヤモヤする。
・・・でも、その答えはすぐまた上から降ってきた。
「小枝のさ、そういう、してもらって当たり前にしないでちゃんと礼を言うとことか
取引先でも評判いいよ」
「・・・」
まあ、そりゃそうだよね。
ただの上司と部下ですもんね。
っていうか、それだけでも有り難いじゃない。
桜城部長は皆に優しいけど、社内の女子の中で部長にご馳走して貰える人なんて他に知らない。
それだけで、いいと思わなきゃ。
「ありがとう、ございます」
私は声を絞り出した。
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