第4話 移行

「もういい」


 彼女は乱暴に俺を降ろした。


「傷つけることを躊躇うな。別に殺さなくていい。今更お前には無理だろうからな。代わりに俺を援護しろ。敵の策略で指揮系統が混乱している今、俺たちは各自で潜伏なり、攻撃なりしなくてはならない。ただし、魔鉱石が取れる鉱山を取られたら負けだ」

「どうする気だ?」

「決まってるだろ」


 同期の死体から拝借した魔道具に魔法陣を刻みながら、彼女は歯を食いしばった。


「鉱山にいる仲間たちと合流し、そこにいる敵を一人でも多く倒す」



 俺たちは、がむしゃらに森林を駆け抜け、彼女の宣言通り、鉱山にいる仲間たちと合流した。

 俺は防衛に加わり、彼女はそこにいた指揮官に、土地勘や天候などの自然環境を事細かに報告し、自ら敵の偵察を買って出た。


 その時、彼女は避難区域にいる知り合いから、妹たちの逝去を聞いたらしい。どちらも、敵国の地雷魔法陣によって吹き飛ばされたそうだ。運よく回収できたのは、彼女たちの右手だけだったらしい。


「両手を広げて歩く癖が、功をなしたかな」


 彼女は、腐食が始まった妹たちの手を魔法で丁寧に燃やし、その骨を自身のお守りに入れた。彼女の目尻から、堪えきれなかった分の涙が、一筋流れた。




 長く続いた戦争は、あっけなく終わった。

 勝ったのは、どちらだったか。兎に角、俺みたいな生き残った兵士たちには、国を超えた組織「地雷魔法陣撤去団」の作業員として働かないか、という誘いがあった。

 俺と数人は承諾した。

 残りの兵士は、恐らく、短い余生を心穏やかに過ごしているのだろう。願望が入り混じるのは、勘弁してほしい。


 魔法は奇跡なんかじゃない。


 俺たち兵士の寿命そのものを代価に、超常現象を生み出す、呪いだ。魔鉱石によって幾分か寿命の消費がマシになったが、それでも、戦争参加者、特に魔導兵はその生涯を短く終える。

 皮肉なことに、俺は周りよりも命のコスパが良かったらしい。他に比べて、3年ほど長い寿命だと見積もられた。


 逆に、彼女は。

 彼女は、この戦地で魔法を使いすぎた。妹たちを火葬する際に、高度な魔法を無理やり使っていたらしい。二酸化炭素や煙の少ない魔法の炎は、彼女の命を確実に燃やした。


「魔導歩兵になるんだ。それくらいの代償は、勿論覚悟していた。…まあ、実際の所、寿命が減った実感はあまりないんだがな。それより、お前の寿命が少しでも長くて良かったよ」


 そう言った彼女は、すっかり細くなった手で、俺の肩を叩いた。

 兵士時代よりも、力はなくなっていた。




 十五人いた同期の中で生き残ったのは、俺と彼女の二人だけだった。

 他は、骨になって家族の元に送られた。

 俺たちが、届けた。同期の家族たちは皆、俺たちを暖かく迎え、白湯をご馳走してくれた。同期たちからの便箋で、俺たち、特に彼女のことはよく知っていたようだ。

 …絶対に結婚したくない、鬼ゴリラとして。彼女は何故か自慢げに鼻を鳴らしていた。


「あの子は、立派にやっておりましたか?」


 小さなちゃぶ台の向こうで、同期の家族たちは決まって聞いた。

 俺たちは、訓練兵時代から、戦場のことまで、できる限り話した。怖くて動けなかった俺が生き残って、勇敢に戦った同期たちが死んだこと含めて。

 殴り殺される覚悟で、けれどそうされても仕方ないという諦観も交えて、口を動かした。


 坊主頭だった同期の母親に話し、「申し訳なかった」と土下座した時、俺は自己嫌悪に襲われた。俺の語りは、ただのエゴだと分かっていたからだ。

 それでも、同期の話をすることが、生き残ってしまった俺の贖罪だと思った。


「そうでしたか。…顔を、上げてください」


 坊主頭の同期の母親は、静かに頷き、顔を上げた俺に白湯をかけた。憎しみよりも、悲愁の強み眼差しだった。


「私は、貴方を許しません。貴方が生きようが、死のうが、永遠に貴方を恨み続けるでしょう。……けれどね」


 目の前に、手紙が差し出される。それは、坊主頭の同期が戦地へ行く前に書いた、最後の手紙だった。


『もし俺が死んでも、俺の同期を、仲間を悪く思わないでやってください。俺は、アイツらと苦難を共に過ごせたことを、誇りに思います』


 同期の母親が、無理やり笑みを浮かべる。


「それでも、あの子は貴方たちといれて、幸せだったと思うから。死んで詫びようなんて思わないでください。どうか、貴方たちの心にいるあの子を、生かしてやってください」


 そう言って、深々と頭を下げた同期の母親に、俺はまた土下座する。

 隣にいた彼女も、深々とお辞儀をした。

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